雨弱まる宵に #描写遊び
"Actually, Paris is the most beautiful in the rain"
セーヌ川を跨ぐ橋の上に等間隔で並ぶ街路灯。パリの闇夜にマリゴールド色の光がほんのり灯っている。
いつも聞き入れてもらえなかった自分の主張と似た言葉。はにかんだ笑顔と共に返ってきて、少し驚きを隠せない主人公。
ポツポツ、ではない。パラパラ、だったのがものの5秒でザーッ、になって、赤紫色のワイシャツに色の濃い水玉模様ができていく。
肩、腕、背中。
水玉がどんどん繋がっていく。
全てが繋がってシャツの色がヌルッとした感触になった頃にどことなく歩き出す。横に並んだ余白のない花柄のワンピースはそんな空模様でも色変えることなくケロっとしている。
雨に濡れるのもいいよね、というは二人は対岸へと向かっていく。
セーヌのようにゆったりと流れるメロディ。クラリネットの音色が二人を見送るとそのままエンドロールが流れ始めた。
そうして約90分の映画が終わった。
集中するとやっぱり凝るなあと首元を掴んでストレッチ。映画の間はお休みしていたスマホを取ってここ数日スルーしたSNSの通知を見ていると、そのうちのひとつが目に留まる。
"投稿しました:Rainycle"
なんだろう。
開くと一枚のセルカ。また川沿いの公園にサイクリングに行ったのか。灰色の雲の下、アスファルトの道の脇に猫じゃらしが群を成してそよいでいる。
グレーに青と緑を混ぜたような不思議な色のTシャツ。真ん中のラスコー洞窟に描かれていそうなヤギの刺繍よりも、肩と首元、胸元が濡れているのが気になる。
一瞬汗かと思ったが、そうじゃない。よくみるとさっきの赤紫色のワイシャツと柄が同じだ。空が作ったまだら模様。
写真の真ん中にアプリでつけた"Rainycle"の文字。
傘を忘れたのか、大丈夫と思っていたら降られたのか。
あるいはあえて濡れたのか。パリの夜に消えていった二人のように。
雨に濡れるのが好きな人、意外と多いのかな。
やけに腕が冷えるなと窓の外を見ると辺りはすっかり暗くなっている。夏とは思えないひんやりとした風。勢いあった雨音はあまり聞こえなくなり、ベランダの金属の手すりに跳ね返る水滴の音の間隔がどんどん長くなる。
8月も立秋を過ぎると秋の虫が鳴いている。
そういえば洗剤が切れていたかも。雨粒に打たれるのを好まない私は、雨が上がりそうな気配を察して今のうちにと買い物の支度を始めた。