投影 (1分小説)
先生は「私が苦手なもの」と言って、黒板に字を書いた。
●天津飯→食べている途中で「あん」がサラサラになるのは、唾液と「あん」が化合するからだと知ってから、気持ちが悪くて20年間食べられない。
●水玉模様→原因は不明。等間隔の丸を見ていると、同じ柄のじんましんが出て、失神する。
●ネコ→昔、ピアノの先生が飼っていたネコに威嚇されてから、子猫でも怖くて逃げてしまう。
●ドライヤー→原因は不明。音を聞くと頭痛がしてくる。温風も冷風も心地が悪い。いつも自然乾燥。
「天津飯や水玉模様が、悪いわけではありません。私も、悪気があって避けているのではなく、自分で自分の身を守っているのです。
嫌いになった原因に、本人が気づいているか否かは関係なく、人は、過去の経験や知識を、現在に投影して生きています。
それぞれ、経験や知識、深さが違うので、他人には、人のトラウマを克服させることは難しい」
生徒たちはメモを取った。
「だから、もし、あなた方が理不尽に嫌われたとしても、あなた方が100%悪いわけではないのです。
相手が、原因になった過去を投影しているのだと思ってください。本人も、遠ざける理由に気づいていない時もある。
憎んだり仕返すのは、相手の逃げ場を完全に閉ざすことになります。私たちに、閉ざした後の責任までは負えません。また、機嫌を取る、媚びを売るという行為も、長くは信用されません」
生徒たちは、うなずいた。
「悲しい思いをした時は、報告をしてください。みんなで、ずっと助け合ってゆきましょう。
そして、プライベートでは、本当に好きなことに力を注いでほしい。
心から楽しんでいる、集中している人は、素敵だと思うでしょう?お洒落や趣味に、没頭してみてください」
生徒の一人が発言した。
「お洒落はできても、人には見せられませんよね」
先生の顔が、パッと明るくなった。
「ファッションショーをしましょうよ!画面上で」
リモート授業を受ける、看護学校の生徒たち。
2020年、パンデミックの春。
※フィクションです。
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