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嫌われ者役派遣会社 (1分小説)
年齢、性別、受けてきた教育、価値観の違う人間が一同に集まり、同じ方向を向いて、高い成果をあげなければならない場所。
それが職場である。
職場では、家庭や学校と違い、個人間の信頼が築けないうちに、利害関係が生まれてしまう。
だから、「めざせ、今月300万!」なんてありきたりな目標のもとでは、連帯感なんて沸いてこない。
てっとり早く、集団の意識をまとめ、高めるには、社員共通の敵を作ることが必要だ。
多民族をまとめなければならないアメリカや中国は、この方法で、対・日本、ロシア、イラク、北朝鮮、イラン、時代ごとに敵を変え、巨大国家を維持してきた。
同じ営業課の優秀スタッフ、西浦さんは、みんなからウチの正社員だと思われている。
でも本当は、「嫌われ者役派遣会社」からやってきたことを、ボクは知っている。
ウチのパソコンメーカーに勤めている彼は、この3年間、毎日のように、女性社員をアゴで使い、男性社員に悪態をつき、自身を悪魔的に嫌われるよう、わざと仕向けてきた。
結果、ねらいは見事に的中し、「打倒!西浦」「西浦の売上げだけには、負けるな!」などと、ことあるごとに、敵視されている。
正直に言うと。
課の中で、一番成績の悪いボクは、みんなの注目が彼に向くことで、的にされることもなく、けっこう精神的に助かっていたんだ。
今日は、その西浦さんの、最後の出勤日。ボクは、パソコンからメールを送ってみた。
「みんなは知らないみたいだけれど、今日で終わりなんでしょう?飲みに行きませんか」
【居酒屋】
「西浦さんのように、仕事ができるだけでなく、憎まれ役も買ってくれる人って、あまりいないんですよ。おかげさまで、課全体の士気が高まって、収益も伸びました」
ボクは、お礼を言った。
「いえ、私は、嫌われ者のプロとして、職務をまっとうしただけです」
西浦さんは、来週から、日光江戸村で悪代官役を務めるのだそうだ。
「江戸村ですか。きっと、どんな時代や社会にも、ヒール役は必要なんでしょうね。でも、本音を言うと怖いなあ。明日からは、ボクが、会社で嫌われる番だろうから」
【翌日】
朝、出勤して驚いた。オフィスが、すごい騒ぎになっている。
「ウチの課から送ったメールで、全世界にウイルス蔓延だって」
「今年いっぱいは、謝罪めぐりだ」
社員全員が、対応に追われている。
昨夜、西浦さんはこう言ったんだ。
「温暖化、ハリケーンの多発、砂漠の雪。世界の異常気象を見てくださいよ。そのうち、国どうしの領有権、宗教闘争、制裁圧力、戦争なんて、やっていられなくなる。
巨大すぎる敵の前では、人間どうしの憎しみや恨みなんて、かすむものです」と。
彼が、最後にボクを助けてくれたのか、会社に復讐をしたのかまでは、分からない。