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86,400円 (1分小説)
オヤジが、オレの部屋に入ってきた。
「あげるよ」
テーブルの上に、数枚の紙幣と硬貨を置く。
数えると、86,400円。
「なに、この高額にして、ハンパな金額?別に、困ってないけど」
今日、高校を退学したばかりのオレを、ねぎらおうとでもいうのか。
「あげるって。でも、ひとつだけ条件がある。明日中に、ぜんぶ使い切るんだ」
オレは断ったが、オヤジは決して引こうとしない。
頭の中で、計算する。
8万っていったら、学校帰りに、ゲーセンのバイトで、1ヶ月働くのと同じぐらいか。
それが、たったの1日でGET。うまい話じゃないか。
16歳の理性は、誘惑に負けてゆく。
「よく分かんないけど、じゃ、もらっとく」
財布の中に、全額を入れる。
「いいな?明日で、ぜんぶ使い切るんだ」
オヤジは念を押し、部屋から出て行った。
86,400って、どこかで見た数字だな。
【翌日】
オレは、一緒に退学したシンヤを、パチンコに誘う。
しかし、2人ともギャンブルに弱い。午前中だけで、2万円負けてしまった。
「だいじょうぶ、残り6万もあるし」
午後から、学校をサボっている仲間と合流して、カラオケへ。
そこで飲み食いして、また2万を使ったから、残り4万チョイ。
同じメンバーで、今度はボーリング。平日で貸切り状態。ラッキー。
「晩メシ、寿司でも食いに行く?」
結局、オレは、その日のうちに、86,400円全額を使い切った。
ほろ酔い気分で帰宅すると、オヤジが、リビングで待っていた。
「ほら、またやるよ。86,400円だ。明日中に、全額使い切ること」
テーブルに、お金を置く。
どういうこと?かなり、怖いんだけど。急に、気前がよくなって。危ない仕事でもしてんのか。酔いが引いてゆく。
【2週間後】
86,400円の小遣いは、その後も、毎日続いた。
貯金しようと考えたが、オヤジから「絶対に許さない」とキツく言われているため、使い切るしかない。
「散々、おごってもらっといてなんだけど、お前のオヤジ、過保護すぎね?」
ラーメンを食いながら、シンヤが言う。
オレも思うよ。オヤジの真意が見えない。
あとから返せとか、バアちゃんの面倒を見ろとか、言い出すんじゃないだろうな。
「けっこう、毎日、8万使い切るのキツイんだ。ブランドとかも買わないし」
【その日の晩】
今日もまた、明日の分の金を渡しにやってきたオヤジに、オレは、キッパリと言ってやった。
「マジで、もういらない。母さんにあげろよ。一日で、86,400円は使い切れない。もっと、時間が」
時間が!
86,400って、なんか気になる数字と思っていたけど。
60秒 × 60分 × 24時間 = 86,400秒。1日は、86,400秒。
たしか、数学の授業で見たことがあったんだ。1秒を1円と換算したら、1日は、86,400円。
「気がついたか?そのお金は、二度と戻ってくることがない、貯めることもできない、『時間』と同じだ。明日からの生き方を、よく考えろ」
オヤジは、全額を持って、部屋から出て行った。
☆ネットで見た、「1日=86,400秒=86,400円」の例え話を元に、小説を作りました。 SHEDSHED