ドーナツの穴 (1分小説)
今日で、面接32社目か。公園のベンチに腰を下ろす。「希望している企業に入りたい」だなんて、とても言ってられない状況。
何のために、大学まで行ったんだろう?こんなんじゃ、いつまでたっても、親に顔向けできない。
「この穴から、明るい未来が見えればいいのに」
持っていたチョコドーナツの穴を、のぞきこむ。
しかし、そこには明るい未来なんてものはなく、代わりに見えたのは、二人のサムライだった。薄暗い部屋で顔を突き合わせて、ヒソヒソ話をしている。
「竜馬、なんとしてでも倒幕せんと」
「あぁ、命を懸けて戦わねば」
竜馬?今、竜馬って言ったよな。
オレは、むかし習った歴史の教科書を思い出した。
もしかして、ここは、坂本竜馬と中岡慎太郎の二人が暗殺された、隠れ家の近江屋ではないだろうか。
ちょっと待った。すごい歴史の現場を目撃しているんじゃないの、オレ。
「もう少しの辛抱じゃ。ホラ、こうしてみると、我々が目指す『日本の夜明け』が見えるかもしれん」
竜馬が、冗談めかして、食べかけのチクワの穴をのぞく。
やがて、竜馬の顔つきが真顔に変わった。
「オイ、中岡!本当に、日本の将来が見えてきたぞ。なになに、不況、少子化、就職難」
竜馬からチクワを奪った中岡も、驚いている。
「竜馬、我々の目指している道は、本当にあっているのか?開国すると、もしかして、この国は将来危ないことになるのでは!?見ろ、この疲れきった若者の顔を!」
びくぅ。もしかして、オレのこと?思わず、ドーナツから目をそらす。
しばらくすると、穴から竜馬の声が聞こえてきた。
「オイ、そこにいる若者よ」
オレは、恐る恐るまたのぞきこんだ。
「日本は、どうだ?どうなっておる?我々の考えは、正しいのか?」
汗で、チョコレートがベタつく。
「ハイッ、あのぉ、日本は今、令和という元号で、とても平和です。竜馬さんたちのお陰で、ずいぶんいい国になりました。確かにちょっと辛いけど、あなた方の御苦労に比べたら、屁でもありません」
安堵の声の直後、穴から、荒々しく階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
!!
「竜馬さん中岡さん!日本の将来は、安泰です!安心して、オレたちに任せてください!」
気づくと、オレは、聞こえているかどうかも分からないドーナツの穴に、声の限り叫んでいた。
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