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壁の中 (1分小説)

『前田樹里さん(15歳)。2019年3月23日から、行方不明』

コンビニに、自分の顔写真が貼られている。

私は、家族や友達との人間関係がイヤだったから、自分の意志で家出したのに。行方不明って?

店を出て、足早に細道へ入ってゆく。

奥へと進み、突きあたりの壁にある、小さなボタンを押した。ギーギギ…、音を立てて、壁が左右に開く。

視界一面、まっしろな世界が広がった。

家出以降、私は、この壁の中で暮らす人たちと、一緒に過ごしている。

「食べ物や生活用品、いつも買ってきてくれて、ありがとう。ヒマワリの種、あった?」

ここで知り合った、岡崎有美さんと、中村悟さんと、動物のシマリス。

「うん、おつまみ兼エサ。ねえ、聞いてよ。コンビニに、私の顔写真入りポスターが貼ってあったの。ここにいる人たちも、みんな、勝手に行方不明ってことにされてるんじゃない?」

他の住民たちは、ちらちらと、私の方を見ている。

「それはないわ」
「キミと、ボクたちとは違うから」

岡崎さんと中村さんは、さみしそうに言った。シマリスも、うつむいている。




【3日後】

いつものように、買い物袋をいくつも下げて、細道に入っていく。

「みんな、ちょっとぐらい、手伝ってくれてもいいのに。誰も、壁の外の現実の世界へ、出ようとしないんだから。えっ、どうして。ボタンがない」

突きあたりまできて、がくぜんとした。壁のボタンが、どこにも見当たらないのだ。

みんなが、中に閉じ込められてしまう。


思い切って、110番をすると、警官が何人もすっ飛んできた。

「前田樹里さんだな!?」
「探してたんだぞ、ずっと」

私は、壁の中の住民について、何回も説明を繰り返したのだが、誰にも信じてもらえない。

「岡崎有美さんと、中村悟さん?そんな名前の人たちの、捜索願いは出ていないよ。シマリス??壁の中の世界?キミは、一体、なにを言ってるんだ」

「ご家族から、捜査願いが出ていたのは、前田さん、キミだけだよ」



【5年後 壁の前】

私は、あいかわらず、家族や友人とケンカをしながら、毎日を過ごしている。

でも、最近思うんだ。

私の存在は、人の記憶だけが頼りなのかも、と。

だとしたら、それが、どんなにくだらない、どれだけイヤな記憶だったとしても、証明してくれる人がいるだけで、私は幸せだ。

壁の前。


大丈夫。私は、壁の中のみんなのこと、ずっと忘れはしないから。

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