ちゃぶ台屋 (1分小説)
私は、会社の休み時間を使い『ちゃぶ台屋』へと急いだ。
「いつもありがとうございます、岩本ヒトミさま。ただいま、狭いお部屋しか空いていません」
しょうがない。とにかく、午前中のストレスを晴らしたいのだ。
案内された『Always三丁目の夕日・ちゃぶ台の部屋』へ入る。
四畳半の和室には、ステテコ姿のお父さん、割烹着のお母さん、つめ襟を着た兄弟が座っていた。
映画『Always 三丁目の夕日』を、忠実に再現したかのような昭和空間。
ちゃぶ台には、白米・さんま・きんぴら。質素な料理が乗っている。
私は軽く会釈し、大きく息を吸って声を張りあげた。
「係長、コピーぐらい自分で取りな!」
お母さんが、すかさず止めに入る。
「ヒトミ、やめなさいっ」
「お母さんは関係ないでしょ!」
アドリブで返す。
「なんでも私に押し付けてくるなよ、係長!」
「おちつけ、ヒトミ」
「姉ちゃん、やめろよっ」
擬似家族たちが止める中、私は、ちゃぶ台を勢いよくひっくり返した。
ガラガラガッチャン!!
あぁスッキリ。
受付へ戻る。
「50回ご来店いただきましたので、次回『ベルサイユ宮殿・長テーブルの大広間』が無料になります」
スタンプカードを押してくれた。
やっと、ここまできた。
ベルサイユ宮殿には、豪華コース料理と、高級ワインが付いてくるのだという。長テーブルをひっくり返すのは、もったいない。
と、その時、奥の部屋から笑い声が聞こえてきた。
「今日、会社で面白いことがあったんだ」
間違いない、父の声である。どうしてこんなところに。
ワハハハハ。
爆笑が続く。
きっと、私たち家族が冷たいからだ。
【その夜】
「誤解だよ。パパは、あの店にお客さんとして行っているのではなく、働いているんだ」
驚きの展開である。
父は、ちゃぶ台返しをする客や、一家団らんの食卓を求める客に、おおむね好評らしい。
「ベルサイユ宮殿の大広間って、あの店の中にあるの?」
すると、企業秘密だから、と急に小声になった。
「離れた別棟にあるんだ」
長テーブルをひっくり返す客は、爽快感を感じるか背徳感を感じるかの、どちらかに分かれるのだという。
私は、間違いなく背徳感の方。ひっくり返さずに、コース料理を全部食べることにしよう。
「もしかして、ギロチンの器具とかもあるの?」
父は、真顔になって答えた。
「ギロチンはない。でも、ベルサイユ宮殿だから、トイレもないんだ」