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受け継がれていく会話たち。

「お母さん、あれはどこにあったっけ?」
「ああ、あれはあそこにあったわ」
「そうか、あそこか」

私が小学生の時の祖父母の会話。
これを聞いても、何にも分からない。

「じいちゃんとばあちゃん、何を言ってるの?」

たまらずに私が聞くと、祖父母は苦笑いした。

「そうか、ゆにちゃんにはわからんかったか。あんたたちに出すお菓子のありかを聞いてたんだよ」

祖父母は笑って教えてくれたが、私にはちんぷんかんぷん。知っている言葉が並んでいるのに、意味が全く分からない。

私に理解できない言葉で通じ合っている祖父母が不思議で仕方なかった。

そんな私に、祖母がいたずらっぽく言った。

「年取るとね、言葉が出てこなくなるんだよ。覚えといてね」

時は経ち、私の里帰り出産のとき。

「お父さん、あれはどこにしまった?」
「あれって?あぁ、あれか。あれはな、押し入れにしまったわ」
「じゃあ、今日使うから出しといて」
「わかった」

父と母も、あの時の祖父母と同じように、傍で聞いてても全く分からないやり取りをしている。

「お母さん、何を言ってるの?」

約20年前に祖父母に聞いた質問を、今度は父と母にした。

「あぁ、あれはホットプレートのことよ」
「そうそう、今晩は焼き肉にしようと思って」
「どこにしまったか忘れちゃったから、お父さんに確認したの」
「俺がしまったから覚えとったの」

父と母にしかわからないやり取りをして、笑っている。たまらず私は言った。

「昔、じいちゃんとばあちゃんも、同じようなこと言ってた」

すると母は不思議そうに私に聞いた。

「え、父さんと母さんも言ってたの?」
「そうだよ。ばあちゃんたち、あれとか言ってたけど、私には全然分かんなかったよ」
「だよね。あの2人の会話、何言ってるか分かんなかったもんな。ハハハ」

いやいや。
ハハハって笑ってるけど、今のあなたたちも全く同じよ?解説入るまで、内容が全く分からなかったよ?

「今のお父さんとお母さん。あの時のじいちゃんばあちゃんと一緒だよ」
「やだー、そんなことないよ。一緒にしないで」

母は祖父母と似たのが想定外だったのか、嫌そうなそぶりを見せた。そんな母の様子を見た父が、そっと教えてくれた。

「年取ってくると言葉を思い出せないときがあって、ついあれとかこれとかで伝えようとするんだ。それで相手が分かってくれれば、会話は成立するだろ?伝わりゃそれでいいんだよ」

そういう父だって、よく会話に「あれ」や「これ」が出てくる。でも、母に伝わればそれでいいらしい。

でもなぁ。と私は複雑だった。
祖父母からきちんと両親に受け継がれたってことは、私にもいつか受け継がれるってことだよね?
いつか私も、夫相手に「あれ」とか「これ」とかを繰り広げて、周りには全く分かんない会話をしてしまうのかもしれない。というより、夫にちゃんと伝わる会話ができるのか?

受け継がれていく、ちんぷんかんぷんな会話に恐れをなした私は、自分たちは「あれ」とか「これ」とか、適当に使わないようにしようと心に誓った。

はずだった。

「ゆにちゃん、〇〇(二男)のあれ、どうなった?」
「あぁ、あれね。全然よくならないから、明日病院連れて行くつもり」
「やっぱりそう思う?あれ、全然治らないね」

一昨日の夜、私と夫の会話。
ここでいう「あれ」とは、二男の皮膚疾患。
1週間前に皮膚科を受診して処方された薬を塗っているのに、治る様子がないので心配していたのだ。

そんな私たちの会話を聞いた長男から一言。

「お母さんとお父さん、何話してるか全然分かんなかったよ」

とうとう、わが子に「あれ」「これ」を突っ込まれる番が、私たちにも回ってきてしまったらしい。長男に言われるまでは全く無自覚だったから、私は指摘されて少しショックを覚えた。

「そ、そうか。〇〇(二男)のぶつぶつ、消えないどころか増えていくから心配なのよ。痒いって言ってるし。そのことを話してたんだよ」
「じゃあ、あれって言わずにぶつぶつって言えばいいじゃん」
「そう思うけど、言葉がスッと出てこなくてさ」

と、ここまで話して気づいた。

12年前、父から聞かされたことを、私は今、口走ったぞ…

年取ってくると、言葉を思い出せない。

まさにその通りだった。

冷静に考えれば、言葉は出てくる。でも、とっさの一言がスッと出てこなくて、「あれ」「これ」に頼ってしまうことが増えた気がする。「あれ」や「これ」は、相手にさえ伝わればとても便利な言葉。私の場合、夫にさえ通じて会話が成立すればいいのだ。

そうやって簡単なやり取りに走った結果、他人からするとわけわからない会話を繰り広げるクセがついてしまった。

あぁ、私たちにまでちんぷんかんぷんが伝承されてしまった…

私が何となくショックを受けているそばで、夫が長男につぶやいている。

「あのね、年を取ると言葉が思い出せなくなるの。だから簡単な言葉で何とか会話をしようとしちゃうんだよ」

夫の解説まで、あの時の父と一緒。

数十年後、子どもたちにパートナーと暮らすご縁があれば、このやりとりも受け継がれていくのだろうか。

他人からすればちんぷんかんぷんだけど、夫婦やパートナーにしかわからない会話が。

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