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魔法の手。
「お母さんの手は魔法の手だね」
幼いころ、母に私が言った言葉です。
私の母は本当に器用で、何でもできます。
お裁縫は上手だし、かぎ針編みもできる。
お料理だって手早く美味しく作れる。
特に、餃子を包む手際の良さったら!
もたついている私や姉をよそに、美しく早く、母の手から餃子が量産されていく。
私が転んでケガをしたときでも、母が手当てをしてくれただけで痛くなくなる。
母と手をつないでいれば、迷子にならない。
少しふっくらとした母の手は、あたたかくて頼もしくて大好きでした。
私にできないことでも、母の手ならばできる。
本気でそう思っていたほどです。
そんな母が先日、右手の腱鞘炎にかかってしまいました。少し心配だったので、様子を見に実家に行きました。母の器用な手には、湿布が貼られて痛々しい様子。
「手が痛いせいで何もできない。不便で仕方ない」
母は不機嫌そうにつぶやきます。
私も手首の腱鞘炎は経験あるからわかるけど、ほんの1か所が痛いだけで動きが制限されてしまいます。今までの当たり前の行動が出来なくて、苛立ったり落ち込みました。痛みだけでも不快なのに、動けないのはもどかしくて辛いはず。
父が家事を請け負ってこなしているものの、慣れないこともあって時間がかかって大変そうです。料理をしたら、さっそく包丁で切ったらしく、父の指には絆創膏が巻かれています。
そこで私は、お昼が近かったこともあって、簡単に昼食を作りました。
お肉と野菜の炒め物に、みそ汁とご飯。
トマトがあったので、スライスして出しました。
適当に作ったわりに、早く出来上がりました。
「あんたも主婦してるねぇ」
両親は感心しながら、私の作ったお昼を食べてくれました。実家で暮らしている間はほぼ料理しなかった私が、ササっと食事を支度できたことに驚いているようです。
「そりゃ、家族を食べさせてるからね。毎日」
少しだけくすぐったい気持ちになりつつ、私も胸を張ります。
すると母がしんみりと言いました。
「今じゃ、あんたが魔法の手だね」
え?私が?
驚いていると、母は続けます。
「たぶん、子どもたちからそう思われてるよ」
「そんなことないよ、普通にやってるだけだよ」
すると母は、自分の手を眺めながら言いました。
「昔、あんたに魔法の手って言われたときも、私は周りの人と同じことをしてるだけって思ってたよ。だから私は、特別なことをやっているわけではない。でも、ゆにに魔法の手って言われたときは、うれしかったな」
さらに母は続けます。
「今は、あんたの手が、子どもからすると魔法の手だからね。いつもあんたが頑張っていることは、みんな知ってるから。あんたのこと、家族が頼りにしてるよ」
そう言われて、私は思わず目頭が熱くなりました。何でもできる手の持ち主の母が、私を認めてくれた瞬間です。母よりずっと不器用だけど、家族のために家事をこなし続けて、少しだけ母に追いつけた気がしました。
私の手。見た目は父の手そっくりで、関節が太くごつごつしています。ふっくらした母の手とは大違い。しかし、スキルは少しずつ母に似てきているようです。母のように裁縫は得意じゃないけど、かぎ針編みはできるし、餃子を包むのは家族の中で一番早くキレイにできます。洗濯物を畳むのも早いと言われます。
そういえば昔、二男が私に言ってくれたことがありました。
「お母さんはゴッドハンドだね」
そのときは大げさだなって思わず笑っちゃったけど、もしかしたら幼い頃の私と同じことを言いたかったのかもしれないですね。
私の手が、家族から頼りになる手だと思われていたらいいな。