ばあちゃん家のサイダーは背徳の味。
私の家では、なぜか炭酸飲料が禁止されていた。
友達や周りは炭酸を飲んでても、私は飲めない。
子どもながら不条理だと思った。
でも、生真面目な私は決まりを守ってた。
母方の祖父母の家に泊まりにいったときも、同じ。従姉妹たちの中でも、炭酸禁止なのは我が家だけ。私と姉は、いつも恨めしげに従姉妹が炭酸を飲む姿をながめていた。
しかし私が9歳の夏。
祖父母の家で待望の炭酸デビューを果たした。
夏休みのある日、ばあちゃんが私と姉をこっそり台所に呼んだ。台所のテーブルに、よく冷えた瓶入りのサイダーが2本並んでいた。
「サイダーあげるから、ここで飲んじゃいな。ばあちゃんとあんたたちの秘密ね」
ばあちゃんは私たちに、イタズラっぽく笑いかけた。
「母さんにバレたら、怒られるよ」
母に怒られるのが怖くて、生真面目のかたまりのような私は、頑なに飲もうとしなかった。
しかし姉は、サイダーの瓶に魅入られて手をかけた。そして、蓋を開けて、ぐいぐい飲み始めた。
「あっ!お姉ちゃん、ずるい!」
私も負けじと蓋を開ける。
瓶を少し傾けてしまい、サイダーがこぼれたものの、姉に続いて恐る恐る一口飲んだ。
口の中でシュワシュワと、星が弾けた気がした。
ピリピリとは少し違う刺激。
こんなの知らない。何だこれは。
初めての炭酸は、透明な輝きと星のシュワシュワ。そして、甘くて少しだけ酸っぱくて、爽やかな香り。サイダーは透明なのに、びっくりするほどいろんな味がする。
こんな美味しいものを、みんな飲んでたんだ。
ほぼ一気飲みしてしまった姉と違い、一口ずつ味わいながら私は飲んでいた。すると、母の足音が近づいてきた。
「ゆにちゃん、隠さないといかんから早く飲んじゃいな」
ばあちゃんはそう言って、私に早く飲むよう勧めた。私も慌てて、ぐいぐい飲もうとする。でも炭酸の一気飲みに慣れてなくて、しどろもどろながら何とか飲み干した。何となく母を誤魔化せる気がしてきた。
母が台所にやってきた。
早速私に聞く。
「サイダーでも飲んだの?」
母、鋭い。でもね、もう遅い。
私たち2人とも、炭酸デビューしちゃったよ。
そんなことを考えていたら、湧き上がる何かを感じた。その何かは突然、私の喉から思いっきり出た。
「ゲフッ」
なんと、母の問いかけに私はゲップで答えてしまったのだ。
「ほら!慣れないもん飲むからゲップ出てるやん!これサイダーやな!匂いでわかるわ!サイダー飲んだらいかんって言ったでしょ!何で飲んだの!」
母は、ここぞとばかりにまくしたてた。
私と姉は、押し黙ってしまった。
すると、ばあちゃんが白状した。
「あんたの子だけがサイダー飲めんの、かわいそうだから。私がこっそり飲ませようとしたんだけど、バレちゃったか」
ばあちゃんはバツの悪い表情になった。
そして私の隣に並んで母を見つめる。
ばあちゃんは続けた。
「あんたの家では炭酸ダメでもいいけど、ここでは孫に自由に過ごして欲しいから、サイダー飲ませたい。いかんか?」
すると母は、少し落ち着いたようだ。
しかし、怒りはまだ収まってない。
母とばあちゃんが話し始めた。
その隙に、私と姉はそっと台所を抜け出した。
あの後、どんな話し合いがされたかは知らない。
ただ覚えてるのは、この出来事以降ばあちゃん家でサイダー飲むのはOKになったことだけだ。
◇
先日、久々にサイダーを飲んだ。
入れ物は瓶からペットボトルに変わったけど、透明に輝くサイダーは、あの日と同じ味がした。
あの時ばあちゃんが飲ませてくれたサイダー、美味しかったな。天国でも誰かにサイダー飲ませて笑ってるのかな。
何だか、ばあちゃんに会いたくなった。
イタズラっぽい笑顔を浮かべた、かわいいばあちゃんに。