漫画みたいな毎日。「匂いの記憶。」
子どもたちは、やらたと私にくっついては、鼻をくんくんさせる。そして、「お母さんの匂いがする~」となんだか嬉しそうにしている。
その姿を見る度に、「はなをくんくん」という、春の匂いを辿る、冬眠から目覚めた子熊のお話の絵本を思い出す。
〈嗅覚は、最も原始的な感覚器官である。〉
妊娠中にそれを嫌というほど、体感した。あらゆる匂いが気になり、今までは気にならなかった家の湿っぽい匂いにも反応しトイレに駆け込んでいた。いわゆる〈悪阻〉だ。妊娠中は、すべての感覚が研ぎ澄まされ、危険を回避し、お腹の中に育つ命を守ることに全力が注がれる感があった。人間って、動物なんだな、としみじみと思った。
それにしても、子どもたちが、やたらと、私の匂いを嗅ぐ。
ふと、気になった。
「子どもたちが思う、〈お母さんの匂い〉って、どんな感じなのだろう?」
臭いと感じられるニオイに例えられたら、それなりにショックだ。末娘の人生経験の長さとボキャブラリーを考えると、それもあり得る。たいしたことではないかもしれないが、「クサイ」と言われるのは、やはり傷付くものだ。
そんなことを一瞬にして、ぐるぐると頭の中で考えたが、眠る前の布団の上で、私に張り付いて、鼻をくんくんさせる子どもたちに、聞いてみた。
「あのさ、お母さんの匂いってどんな匂いなの?」
末娘は、う~ん、と考えている。「お母さんの匂いだよ~」と嬉しそうに布団の上を跳ねている。
隣で漫画を読んでいた長男が、ぽそっと、
「なんか、安心する匂いなんじゃない。」
そっか。
安心する匂い、か。
鼻の奥がツンとして、泣きそうになったが、「なんかね、クサイ臭いだよ♪とか言われなくて良かった~!」と笑ったら、子どもたちも笑っていた。
匂いは不思議だなと常々思っている。その匂いを感じると、どんな過去の記憶も一気に目の前に戻ってくるのだ。今、自分がその場所にいるかのように。
子どもたちが、巣立ち、いつかどこかで、ふと感じる匂いから、「なんだかわからないけど、大丈夫だな。」と思える日が来たら、私は、母親として、だいたいの役割を終えているのだろう。
ある日、ディック・ブルーナの「ミッフィーちゃん」のアニメを観ていた。
すると、ミッフィーちゃんが、「あら?何かにおわない?」と可愛らしい声で言ったのだ。
え?!ミッフィー?!いったい何が臭うの?!
この番組は、〈ミッフィーちゃん〉だよね?〈おしりたんてい〉ではないはず。
お話が進んで行くと、それは、クッキーの焼ける匂いだったとわかった。・・・・〈臭い〉ではなく、〈匂い〉だった。
ミッフィーちゃんの威厳は私の中で保たれたのだった。
・・・日本語って難しい。