漫画みたいな毎日。「みかんの花が咲く場所へ。」
末娘は、ほぼ、その季節に則した食をしている。
誰が教えたわけでもないのに、季節の「旬」と言われる果物を特に好む。旬が過ぎると、途端にそれまで、ご飯の様に食べていた果物をピタッと口にしなくなるのだ。その様子から、その果物が「旬」を終えたことを知ることになる。
末娘の今の主食は、「みかん」である。
目覚めたら、みかん。
ごはんの前に、みかん。
ごはんの後に、みかん。
おやつにも、みかん。
とにかく、みかんを食べている。
食べ続けている。
本州に育った私にとっては、みかんは親しみある身近な果物だ。父親が福島で生まれ育ち、東京で暮らし家庭をもつようになってからも、福島の実家の叔母がまめに野菜や米、果物を送って来てくれていた。
あるときは、干し柿用の渋柿が段ボールいっぱいに詰められており、それと知らずに、こっそり頬張り、口の中の渋々がどうにもならなくなったこともあった。今でもその渋みを思い出すと、舌をこすり落としたくなる。
冬が訪れる頃には、みかんが送られてくる。
お正月に向けて、段ボールにいくつか送られてくるのだ。みかんの入った段ボールが到着すると、直ぐに箱を開ける。みかん箱の底の方で、上に置かれたみかんの重みで傷んでいるみかんがないかを確認し、上と下のみかんの位置を入れ替える。
みかんが届く頃は、居間にはこたつの準備が
整っていて、家族は、こたつに入り、テーブルの真ん中には果物籠に山の様に積み上げられたみかんを食べる。私と姉は、手が黄色くなるまで食べた。
スタンダードな食べ方に飽きると、ストーブの上にみかんを乗せて「焼きみかん」なるものを作り、皮が少し焦げ、香ばしくなった熱々のみかんを、姉と共にハフハフと頬張った。
みかんの入った果物籠が空になると、寒い台所に置かれているみかん箱に誰がみかんを取りに行くかで揉めた。誰もが暖かなこたつからでるのを拒むからだ。大抵はジャンケンで負けた私か、台所に用のある母がみかんを補充にいくのだった。
北海道に移住し、北海道では、部屋全体を温める為か、こたつは常用されていないと聞いた時、土地によって暮らし方は違うものだな、と納得するのと同時に、冬のあの情景を我が家の子どもたちは味わうことがないのだという、寂しさにも似たような感覚を覚えた。
北海道では、みかんは栽培されていない。調べてみたところ、みかん栽培の最北端は、富山県の氷見市らしい。
移住してからというもの、柑橘全般が貴重なものとなった。
みかんをはじめとし、柚子、レモン、金柑、夏みかん、甘夏、はっさく、ポンカン、伊予柑。
東京から神奈川に引っ越した葉山御用邸近くの海沿いのその街には、庭木に夏みかんを植えている家が多かった。「散歩をすれば、夏みかんに当たる」と言ってもいいくらいなのだ。現在の上皇・上皇后両陛下のご成婚記念に各家庭で植えたのがその始まりらしい。
その街の家の庭には、夏みかんが収穫されないまま、ゴロゴロと転がっている。食べ飽きているのか、持て余しているのか、柑橘が貴重な身としては、なんとも羨ましく、もったいない!と思える環境である。
姉がその街に住んでいるので、訪れた時には、夏みかんでマーマレードを作る。姪が近所の庭から、使わないであろう夏みかんをいただいてくるのだ。「けいこちゃん、マーマレード作って!」と。私は姪のリクエストに応え、せっせと薄く表皮を剥き、刻み、茹でこぼし、実を房から外し、マーマレードを作る。マーマレード作りの楽しみは、部屋が柑橘の香りで包まれることだと思う。
苺狩りや、りんご狩り、ぶどう狩りや、ブルーベリー狩り、プルーン狩りにさくらんぼ狩り・・・柑橘以外の果物であれば、まさに「果物天国」の北海道で、子どもたちは、果物を十分に満喫している。
しかし、子どもたちには、「みかん狩り」というイメージが湧かないらしい。
長男が2歳まで住んでいた三浦半島では、みかん狩りができる農園がすぐ近所にあり、散歩コースとしていた。その話をする度に、みかん狩りをした記憶が残っていない長男を含めて、「いいな~!みかん狩りしてみたい!」という声が上がる。
子どもたちとみかんの花を眺めたい。
白くて可愛らしいみかんの花。
小さな白い花から香るやさしくも爽やかな甘い香り。
葉は、アゲハチョウの幼虫の匂いがする。
いや、正しくは、アゲハチョウの幼虫が、みかんの葉を餌としているから、幼虫の身体は、みかんの葉の香りがするのだ。
私は、柑橘系の葉に集まる幼虫をあたりまえの様に見てきたが、昆虫好きの長男にしてみれば、「羨ましい!」環境と言えるようだ。
一昨日、買って来たばかりのみかんは、瞬く間に末娘のお腹に収まっていく。その様子を見ていると、だんだんとその食べっぷりが気持ちよく思えてくる。
パクパクとみかんを頬張る娘を横目で見ながら、私は、いつもお世話になっている愛媛のみかん農園に電話をする。
「みかん、20キロお願いします。」
来年は、何処かのみかん畑を訪れる旅にでようかと思っている。
(ヘッダーの画像は〈西宇和みかん〉のHPよりお借りしました。)