学校に行かないという選択。「楽器と共に育っていく。」
長男がトランペットのレッスンを受けるようになってから、2年が過ぎた。
今まで長男が使っていたトランペットは、数年前のクリスマスにサンタクロースから贈られたものである。
トランペットを吹ける人が家に誰もいないので、教わることが出来ず、ネットの動画で見よう見真似で独自に吹いていることもあったが、やはりプロから直接教えてもらってはどうだろう、とトランペット教室を探した。
偶然にも、家から一番近いショッピングセンターの中の音楽教室で、レッスンを受けられることとなり、担当の先生は、たまたまお住まいがご近所で、なんと長男と同じ小学校の出身であることがわかった。
体験レッスンの後、長男は、「この先生に習いたい!」と即決し、現在に至るまで、大変お世話になっており、先生に足を向けて寝られないと思っている。お世話になった出来事は、こちらのnoteに。
他にも日々、たくさんお世話になっているのだが、まだまだ書ききれていない。何より、根気よく長男のレッスンをしてくださっていることが、とてもありがたい。
半年ほど前だろうか。
トランペットの調子が悪いということで、先生にご紹介いただいた楽器店を訪れたことがあった。新しいトランペットに買い替えを検討しようと思ったが、長男は、「今のトランペットに愛着があるから、もう少しこれを使いたい。」とのことだった。
しかし、この時に、修理を担当してくださった方が、「自分もクラリネットをやっていて、伸び悩んだことがあったんです。その時に、吹奏楽部の先生に、楽器を買い替えてみることを勧められて、買い替えてみたら、今までどれだけ練習してもクリア出来なかった部分がクリアできたことがあったんです。楽器によって、そのようなことがあることもありますね。」とご自身の経験を話してくださったことがあった。
私の中では、そのお話がずっと心の何処かに引掛っていた。楽器の質がすべてではないけれど、もっと練習がスムーズになれば、楽しさも増すのではないだろうか。
時が過ぎ、今年のお正月。
長男は、お年玉に「トランペットが欲しいかな。」と言う。なんだかんだとお正月からは、随分時間が経ってしまったが、そろそろ、買い替えてもいいのかもしれない、と思ってはいたので、夫も快諾。トランペットの先生に相談した。楽器店にお知り合いがいらっしゃることもあり、トランペットの選定をさせてもらってはどうかと言っていただいた。
多くの場合は、それほど数を揃えて、実際に試しに吹かせてもらえることはないようで、ありがたい機会に恵まれた。先生ご自身も、休日の時間を割いて選定に付き添ってくださることになった。
楽器店が用意してくださったのは、4本のトランペット。
金メッキの物を1本、シルバーメッキの物を2本、更にお試しにと、ワングレード上のタイプを1本。ワングレード上の物は修理士さんが、「この機会にちょっと触れてみたら面白いかもしれない」と遊び心を持って用意してくださったものだった。
まず、先生が試しに同じ曲をそれぞれのトランペットで演奏していく。曲は「天空の城ラピュタ」の中に出てくる「鳩と少年」だ。
長男がトランペットを始めるきっかけになったのは、この曲を格好良く吹いてみたいという気持ちからだった。
金メッキのトランペットは軽やかな音。一本目のシルバーメッキは、やや重たいがしっとりした音、二本目のシルバーメッキは、もう少し外に開けた感じがする。最後にワングレード上のタイプは、音の質が違う。まったくの素人である私にも違いがわかるくらい、音の響き方がしっとりと、且つ、しっかりしている。
同じ型番でも、個体差があり、自分の好みや状態に合わせて選ぶのがいいですね、と先生。こうして吹き比べをさせていただくと、違いがよくわかる。
「どれがいいとかある?」と先生が長男に尋ねると、長男は、「これ。」と迷うことなく、最もグレードの高いトランペットを指した。
次は長男が自分で試しに吹いてみることに。今まで使っていたトランペットを吹き、その後に用意されたものを吹くことで、使い勝手や音の響き方の違いを感じたようだった。
それぞれの個体で、「ジュラシック・パークのテーマ」を吹かせていただき、「どんな感じ?」と尋ねられる長男。吹き易さで言ったら、金メッキのタイプだという。「きっと、今まで使っていたものと同じタイプだから、音の響き方が似ているから、慣れた感じがするのかもしれないね。」と先生。そして、一通り吹き終えても、長男は、やはりグレードの高いトランペットが良い、という。
夫も一緒に選定の場に来ていたので、その様子を眺めて、「物事には、段階っていうものがあるからね。その前に他のトランペットを吹きこなせるようになってから、そのグレードの高いトランペットを自分で買ったらいいよ。」と言った。ごもっともである。
でも、長男の心は、重厚で素敵な音を奏でるグレードの高いトランペットに傾いている。
「先生は、どう思われますか?」
先生は、いつもの穏やかな口調で、
「確かにグレードの高い楽器はいいんだけれど、楽器は、自分で育てていくものだから。楽器に引っ張られるんじゃなくて、楽器を自分が引き上げていくこともできるからね。楽器も育っていくから。」
そして、先生は、恐らく長男が「一番扱いにくい」と感じていたと思われる、2番目に吹いたトランペットを勧めた。そして、こうおっしゃった。
「息の吹き込みにくさとかあるけれど、音のしっとりした感じとか、この個体が一番伸びしろがあると思います。自分はこれをお勧めするかな。」
奏者が、楽器に育ててもらう部分も確かにあるのだろう。
しかし、
楽器を自分が育てる。楽器と共に育っていく。
その先生の言葉に、私は深く頷き、「この先生に長男がトランペットを教わることが出来て、幸運だった。」と感じた。
長男も、先生との信頼関係からもその意見に納得し、「頑張って練習して、トランペットを育てる!」と答えていた。
実は、先生のご意見を伺うまで、私も、「グレードの高いものがいいのかもしれない」と思っていた。
長男が強く希望していたこともあり、本人の希望のトランペットを手に入れれば、今まで以上に練習も楽しくなるのかもしれない、演奏も上手くなるのでは、と、まさに「楽器に引き上げてもらう」ことを考えていたのだと思う。
夫にも、「けいちゃん、グレードの高いのを買っちゃうか、って思ったでしょ。」と帰宅してから言われてしまった。「でもやっぱり、身の丈ってあるからね。使いこなせるようになるまで、次に進まない方がいいと思うんだよね。」と夫。
〈身の丈に合う〉
時々無理して背伸びすることも、もちろんあってよいと思うし、若いなら尚更、身の丈に合うことばかりしていたら、成長につながる冒険から遠ざかることもあるとは思う。
しかし、芸事に関しては、「身の丈に合う場所」で地道に積み重ねることが大切になるのだろう。
実力をつけて、自信をもって次に進む。
これから長男とトランペットの歩みがどんなものになっていくのか。お互いに引き上げ合える関係性として、よいパートナーとなってくれたらいいな。
もう少しで、その段階をスキップさせてしまいそうになった母であるが、余計なお世話ながらも、そんなことを思うのだった。