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自己肯定感のロス=不信:信じると云う事

私の愛猫が私の顔を見上げる時、その瞳には、無条件の愛と信頼と、それを源とする期待感しかない。

彼の瞳が愛を表現し、細くなった目が撫でられているところ(耳の後ろ)に快感を感じている事を示し、優しいゴロゴロが始まる。

私が彼の世話をしなければ、猫もこんなことはしない。
彼が出来きれない分を私がいつもカバーしてやる事を、彼は私の行動を初日から隈なく見つめて一つ一つ確認し、見守り、その丁度一か月後に私を彼のマミィとして受け入れた。まるで計画的に感じるほど、呆気なく、彼は私に縋り付いてきた。

だからこそ、彼は自分の決断を信じて、心から私を信じている。猫だけでなく、人間の信頼感には、斯くも時間が懸かるのだ。

マミィに腹がへったと鳴けば、マミィは何も謂わずに食餌を用意してくれる。水はいつもきれいで、毎日、毎朝夕、入れ替えてあり、トイレもよく掃除されているし、きれいに整えられている。僕が昔さまよっていた頃、海岸で見つけた泥水のバケツなど、呑み水に頼る必要はない。
マミィは僕の黒い毛並をブラシ懸けたり、引き取られる前から目の角から結膜炎が発生した為、目やにを毎日とっては薬をくれて解決してくれる。マミィは僕がそう望めば、仕事をしていようが、台所で忙しかろうが、抱きあげてハグをして抱きしめ、僕のお鼻にキスしてくれる。僕はマミィをとっても信じて、愛してるんだ。

動物も人間も、自分に対する周りの人間の対応を見ながら、自分の相手への対応を決めるのだ。

私は、好き彼とこう言う不振状況に陥った事はなかった。彼がいずれ私に話しかけてくるだろう、といつも信じて疑ったりしない。

実際、今でさえも、彼の事を不実な人だとは思っていないので、或る日、凄く簡単に声を架けてくるのかな、と思って疑わない。彼の犬の信頼感と同じくらい真剣に彼を信じている。

が、皆そうではないだろう。上司や、営業や、同僚や、いろんな好き勝手を言っては口汚く蔭で噂をする。私は好き彼を人物として知っているので、その分、信頼しているし、彼を尊敬している。他の者等はそうではなかった。

だからかな。自己肯定感が低い分、彼等への信頼感は低かったのかも知れない。


このところ、二週間ごとに、派遣事業所から営業が上司を訪ね、契約更改について話をして、
「二週間後にまた来てください」
と言われ、帰ってゆく。
営業が来る度に、彼は契約がまだ更改されていない事を語る。
それは、否定的に謂えば、その分、上司が私を信用せず、疑っている証拠だし、試用期間を長期化している印だ。

私は、企業側から待機時間を長くさせられたことはない。
特にこの会社ほど、待たせるところは珍しい。
普通なら、クビか、長期決定のどちらかだ。

現場の上司は大変我慢強く、私のスキルの不足部分を知りながら雇っている。大変有難く思っている。だから、私は上司から各種スキルに貰った指摘に関して、私がアクションを取って自分から確認をしたり、実際にその部分にかかわって積極的に不足部分を改善しようとしたりすればする程、嬉しそうに直してくれたり、ヒントをくれたりする。この上司は、非常にフェアな上司だ。

現場上司から私に話があった際、もう帰りたいと思っていた、夜の8時過ぎの事だ。仕事の話から少しずれて、ミーティングルームで一方的に謂われた。それだけイライラしたのだろう。
「否定的にモノを考えるのは、もうよせ。君は否定的発言から一種独特な
『不信感』
が始まる。それが会話に出てくる。皮肉に聞こえる。それは君の悪い癖だ。
聴いてて耐え難い。不愉快だ。もうそう謂う事は止めろ。
もう何度も言ってるよな。また言ったら、ホントに怒って辞めさせるぞ」
と真剣に言われた。

CHACHA本人的にはそんな気で話してなかったので凄くショックだった。

時期を同じくして、友達Мちゃんからも、似たような指摘が入ってきた。
「何で好き彼の亊でいい事があって話すと、後に、
『そんな事あるワケないよねぇ』、
になるの? 何で、彼にはそう否定的なの?
愛してるんでしょ?
信じてあげなよ~❣
あんたって他人への信頼感、ないよ」
と言われた。

🙄確かにねぇ。
確かに最近、自分のコメントに於いて、全般的に否定的だ、私、と思い立った。

まぁ、プライベートでも仕事でも、このところ、あんまりいい事がなかったと言える。

今月に入って、やっと新たな職場の雰囲気に慣れてきたところで、元派遣事務所の社員で現職の正社員の女がいるのだが、彼女から私の足を引っ張るような嫌がらせ行為で見事に業務妨害された。

ウチの営業に彼女から大嘘クレームを作り上げられ、社内ては、すわ、クレームと言う騒ぎがあり、始末書を書くか否か、という話になった。

その際、営業は彼女から案件名や状況の聴取を行っていなかった。なので訊こうとすると、彼女は応えず、電話にも応えなかった。詳細に触れなかった事から、彼女が嘘を吐いたことは明らかだったという事実を知った。彼は私を怒鳴り飛ばしていたので、謝ってきた。

私はそのクレームを嘘であろうが、貰ってしまった人物で、嘘八百を吐かれた対象だ。なので、いやでもこの業務妨害に際して報告書や別の始末書にサインが必要となった。

どう考えても私の足を引っ張る為にこう言う大嘘を吐いたこの女に対して、ごく自然に否定的な気持が生まれたことは、事実だった。

上司もよくご存じな事実である。この件について半日潰して話し合ったから、彼だって、いい迷惑だ。

上司はその事で、あの女が知らない間に、裏の会議室へ私を呼び、この件について、自ら頭を下げて、真摯な態度で謝った。
「彼女を連れて元社員の彼女が知っている営業が待つ会議室に入ったのは、私であり、私が原因となった不徳である。彼女が営業に話した嘘を含めて、自己責任を感じる。そこで、ここで謝る。
私が悪かった。申し訳ない

と私に頭を下げたのだ。彼は外国人なので、上手な日本語と英語両方で90℃に頭を下げて最敬礼して、衷心のまま、誇り高い最高級の陳謝をした。

この真摯な反省と陳謝で、職場の騒ぎは一度は落ち着いたが、今度は、その週末にこの女が、今度は私のこのブログを見に来た。

わざわざ私の名を検索し、私のブログを見に来て、ついでに「いいね」までしたのだ。

気味が悪くて、この女をブロックした。厭な女だな、と思った。

ふと気が付くと、自慢のCHACHAの笑顔がなくなっていた。当該の女とは、社内会議で、週に二度必ず顔を合わす。
あの女のお蔭で、ちょっとした「トラウマ」が、いつまで経っても、私の心に残り、この女の下膨れて、しゃくれた顎と厭な顔が、私の頭から出て行かなかった。ちょっとしたトラブルメーカーだ。自分の上司に頭を下げさせるだけでは足りずに、今度が何が欲しいのだろう。
あきれた女だ。

Mちゃんから指摘があった際にも、あんまり直接的には考えなかったが、上司は私に、
「お前のその否定的態度が不愉快に繋がる」、
と言ってくれちゃったので、またまた、それだけでもかなり、先週、落ち込んだ。


否定的な態度が何処から発生していたにせよ、上記に書いた事が、総じて共通してるのは、私の中にいつもある、大きな「不信感」である。


CHACHA自身に自己肯定力が足りてない証拠だ。
一生懸命仕事をしている私は、上司から否定的な言葉が不愉快だ、と言われ、問題意識を感じて、この週末は自己分析に時間を費やした。

①一度 、上司から貰った小さな厳しいけれど率直な技術的指摘が、頭に残った。
②他の人間から作り出された嘘や、そいつへの不信感が合わさって、この職場への期待感を否定化した。
③さらに私の中で、自己否定感が肥大化されて頭を廻り出した結果、口から零れ出た皮肉感が上司を傷つけた事を、この週末、分析結果として実際に理解した。

コレについて、チャットで上司に謝った。彼は許してくれたが、今後、言動をしっかりせねば、と自覚したものだ。

自宅でEXCELの操作を学びながら、思い返した。たしかに
「悪い癖」
だ。自己尊厳や自己不信が自己否定に繋がることが多く、ソレが愚痴になる。

その辺、結構、今までのCHACHAの否定的な言葉や感覚が出てきているあたり、「地」が出て来てるな、と実感した。

痛い事実だ。さり気なく上司に何気に馴れ馴れしくなっていたのかも知れないと自覚した。


※以下は、日本セルフエスティーム普及協会 から出典した参考資料を読ませていただいて、この記事の後半を書かせて頂いている。


ちなみにだが、
いわゆる自己肯定感は、
①自己好感、すなわち、自己受容感
②自己重要感、自己信頼感
③自己有用感 、すなわち、自己効力感
の3つによって、作り上げられている。

それは、
●私は他人に好かれていると言う自覚、
●私はそれなりに重要視されていると言う自覚、
●私は自分が有能だ、出来る、という自覚
これら三つの要素を持つ感覚が、自分を肯定的にとらえる感覚を成り立たせる条件だ。これに大きな輪をひっかけた個体が、コレ、つまり、自己概念と呼ばれる。

これに反する気持ちは、
自己否定感が自己肯定感の反語であり、コレは、
①自己嫌悪感、孤立感
②自己劣等感、自己不信感
③自己無能感、自己無価値観
の3構成要素が自己否定を作り上げる。自己憐憫感は、自己否定感の後に発出する。コレ、悪化すると鬱になる事前の心の動きとなる。

自己肯定感が低い者は、自ずと自己肯定感を上げる為、他人に褒め捲って貰いに行く。これを自己保身活動と言う。
よく他人を自虐ギャグで笑わせる人物は自己否定感が多い者に散見される。
そう謂えば、私も自虐ギャグが多いな、と思った。

自尊心に欠け、自分に対する自信が欠落する自己肯定感の低い者は、自己嫌悪感と自己否定している為、
「自分には自分を褒められないけど、他人が褒めてくださるなら、大丈夫だろう」、
と言う気持ちで、物事をえらく簡素化しやすい傾向がある。

自己中心的なのだ。同時に、他人から、
「この人の言動は(保身活動なのだが)、自慢しているのである」
と、誤解され、勘違いされやすい。

CHACHAの場合、現在、
●仕事が始まり、契約の事で派遣営業が時間が懸かり、且つ、
●持つスキルが足りないと指摘があり、
●自分にとって、現状の自己肯定感はとても低い、と感じられた。

「トラウマになったことが幼児期にあるだろう」、
とのご説明がセルフエスティーム普及協会サイトに見られたが、何も親が認めた虐待児であるなくとも、人生にトラウマは多く、色々なところに転がっている。2年半〜3年前、私は直近の或る事件で暴力を振るわれた事があり、おととし3月頃は、ホントに心身にトラウマが残った事もある。

暴力を振るわれた経験などは、大人になってからの方が、幼児期よりトラウマの度合と威力が激しい為、いまだに身体に響く事もあるし、睡眠不足もそのせいだろう。

また、ごく直近にこの女からねたまれて大嘘を言われた事も、このトラウマに加わって、現職でのちょっとした
「自己否定感のトラウマ的ひととき」
なのかも知れない。

他人にアドバイスをしてくれる直近上司には、問題を感じないが、自分では、仕事上で色々とある為、自己肯定感が欠落している事をハッキリ気付いたと言えるので、あの女の件は無視して、息抜きをしなければ、と悟ったところである。


猫が私に抱きしめられて、みゃあみゃあと話しかける度、私は彼の齎す癒しに目を細めながら、猫に愛を分けてやる。

好い仔だ、お前は。

そう言いながら頭を撫でてやる。

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