人には言えない特技の話

実は、百人一首が得意だ。

上の句で取り切ることはなんざ朝飯前。百首すべて覚えていたし、なんなら学内の百人一首大会で1位になったこともある。あんまり人に言ったことはないのだが、まぁ能ある鷹は爪を隠すっていうし?こういうのって人に言わずに、いきなりバシバシ取りに行く方がかっこいいじゃん。
ほら、いつも気怠そうなヤンキーがたまに体育の授業に来て、サラっとバスケの点数取って行っちゃう感じ?あのかっこいい感じを私もやりたいわけよ。

でも考えてみた。この世界のどこがどういう風にバグったら急に百人一首が始まるシチュエーションが生まれるのだろう。しかもそんな百人一首が始まったところで、上の句読み始めた途端にものすごい勢いで札をかっさらっていく奴いたら、普通ドン引きせんか???

「花の色は~」

バシィィィィィーーーーーーーーーンッ

って手が伸びてきたら、怖いでしょ?私だったら、「あ、コイツとは仲良くなれねぇな」って3秒でその場を去るね。断言できる。

そんな飯の足しにもならん特技を持っている私だが、あんまり人に言ってこなかったのにはもう一つ理由がある。

それは

「何も覚えていない」からだ。

私が初めて百人一首に出会ったのは小学4年生の時。小学生の語彙力なんてたかが知れていて、もちろん百人一首にでてくる素晴らしい詩の意味なんて1mmたりとも理解できず、ただ目の前にある文章を覚えた。

覚え方なんて適当の極み。まるで気が狂ったオウムのように声を出し、ひたすら復唱しただけ。言うなれば「音」でしか句を認識してない。言葉の意味なんてちっとも理解していなかったのだ。それでも、大会では敵なしだった。


だが、困ったのは大人になってからだ。

就職活動の時、特技の欄で「百人一首」と書いた。それがまずかった。人間っていうのはどうも偏屈な生き物で「百人一首が得意です。」というと「好きな句とその理由を教えてください」とふざけた質問をかましてくる。

おいおい、そんな好きな句を聞いたところでどうするんだ?そもそもそんなの今聞いたところで明日その句覚えてないだろ。てか、なんでそんなこと聞くんだよ、インテリぶりたいだけか?それとも私が知的にうんちくを垂らすところが見たいのか??残念ながらな、私にそんな知的なうんちくセンスはねぇよ!!!ごめんな!あっはっはっはっははーーー!いやでも待てよ、ここで一句も出てこなかったら、私こそが飛んだインテリぶった嘘つき野郎だと思われる…。やばい、なんか出さなきゃ…。くそっ…こういった時に限って一句もでねぇ…。なにか、何かここで一句…!!!


とか、光のような速さで考えた挙句、

「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の  声聞くときぞ 秋は悲しき…です。理由は短いこの一句だけで、秋の情景とわびしげな様子が目に浮かぶからです。」

と答えた。
本当は小学生の頃に好きだった男の子が”奥田くん”っていう名前で、これが初めて覚えた句だったから出てきただけだ。ただ、それだけ。意味なんて適当にそれっぽく言っただけで、何にも知らない。面接中に不謹慎もいいところだ。

それでも、質問してきたインテリ人事野郎は満足気な笑みを浮かべながら、「へぇ、そうなんですね~」
と人生で1000000000000000回くらい聞いてきたであろう、テンプレートみたいな返事をしてきた。

……。
何が楽しくて面接中に10年以上前に好きだった男の子の名前を思い出さなきゃいけなかったんだ。飛んだ羞恥プレイだった。
そんな震えあがるようなトラウマ経験のせいで私は人に特技を言うのを辞めた。過去の栄光は私の中だけで輝かせておけばよいだろう。今あるのは未来だけなのだから…さ。


ちなみに言うと百人一首から離れて10年以上経った今、覚えている句は前述の一句だけ。それ以外は全て忘れてしまった。記憶ってのは定期的に使わないとどんどん消えていくみたいで、今は全く覚えていない。あんなに熱中していたのに、なんだか少しさみしい気もする。



もしも、百人一首をやる機会があったらまた一からきちんと覚え直すことにするよ。
今度は素晴らしい歌人が句に込めた想いも一緒にね。


それでは、また。

written by: 美波すみれ
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美波すみれ
毎日本気で文章書いてます。あなたの思う値段を決めていただけたら嬉しいです。明日のコーヒーが缶コーヒーかスタバになるかが決まりますん。