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はじめまして

SNSというものは数あるが、面白そうだし春なので新しくnoteをはじめてみようと思う。
最初ということもあって多少どんな人間がここへ書くのか、筆者の自分語りにお付き合い願いたい。

4月から世間並みには大学という所へ通う事になった。
世の中の"大学生"に対するイメージとしては「学徒」「遊び盛り」「モラトリアム期間」というものが挙げられるだろう。僕もそれには多少なり同意する所がある。

僕は高校卒業後に進学先がなく、所謂"浪人"となったのだが、1年間は受験に対する勉強以外の行動が"無駄"とか"逃げ"だとしか感じられないような日々だった。無論遊ぶことには遊んだのだけれどそこにはある種の背徳感があった。
勉強だけしていればいいというものでもないが、試験に向けた勉強だけをするというのはなかなか無理のあるものなのだが「こんな事をしていていいものか。」と疑問が浮かぶものである。

高校生の頃、遊ぶことしか考えておらず、周りもおおよそ同じようであったから、およそ受験勉強というものもしたことがなく大学受験のレベルも分からず、今となっては笑い話だが現役のセンター英語は50点だった。(それでも一般受験では受かると本気で思っていた。世間知らずもいいところである。)
浪人中、アルバイトをせず、強制自習制度による合格実績を謳う某予備校で机に向かったがまともにこれまで勉強をしてこなかった身ではペンを持って集中する事自体に壁があった。
何か明確な目標を立てようと思い、1年潰すならできるだけ自分のやりたいことができるところに行こうと思った。小中学生の頃からオカルトや古代文明に興味が少しあったので、その中でも特に気になっていたシュメール文明及び日シュ同祖論をやろうと思い、早稲田大学文学部の前田徹氏の下で学ぼうと決意した。また、大学生でもどちらかといえば「遊ぶ学生」より「学ぶ学生」になりたいとも思った。

受験の結果は早稲田に関しては不合格であったがそれに準ずる所には拾っていただいた。歴史学や哲学文献を読むためのドイツ語と聖書や数百年以上前の西洋学術書を読むためのラテン語を学べ、興味のある美術にも多少は触れられそうで安心した。

この文章を書いたのには自己紹介の意と自戒の意がある。僕が緩んでしまった時にはこんな、勉強のモチベめちゃめちゃあります、みたいなクサい文章を書いておきながら学内に入ってからは遊んでばかりではないか、という指摘を頂けたらありがたいかもしれない。

春の日にあたって猫と遊びながら打っていたら眠くて取り留めがつかなくなってしまった。noteでこれから知り合うであろう方々、大学生活で出会う方々には仲良くしていただきたいと思っているので、よろしくお願いします。

最後までお付き合い頂きありがとうございます。
2018/3/27

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