第2話 /後編「強さと余裕のつくり方」
YOJO ZINE 第2話/後編「強さと余裕のつくり方」
香港禦拳師範(中国武術) 奥圭太×新町お灸堂すきから
前回は、カンフーの人である奥圭太さんから、そもそもカンフーってなんだ?というところから運命まで色んなお話を伺いました。いよいよ奥さんのカンフー的養生論、後編!お楽しみに。
ぜひ前編後編合わせてご覧ください。前編はこちら>>
「強さ」ってなんだろう?
すきから:個人的に今年は「強くなる」というのがテーマなんです。それは、経済的に大きくなるとかではない、強さのことなんだけれども。オクくんは「強さ」ということについてどう考えていますか?
オク:人は、強さについて話すとき「何より強い?」となりがちじゃないですか。そうではなくて比較しないで自分が何であるかに向き合うことって大事だと思っています。大学で初めて出場したカンフーの大会の時にチャンピオンと当たってしまったことがあったんです。ビビっていた時に先生から「オクくんが相手より強いかどうかは関係ない。相手に勝つことではなく、負けない強さを手に入れることが一番大事」って言われてハッとしたんです。
すきから:相手と比較しない強さ…そもそもカンフーの目的ってなんでしたっけ?強くなることですか?
オク:「自分を高めること」と「自分より弱い人を助けること」ですね。強くなればなるほど優しさが伴っていないといけないし、強くなると傲慢さが出てくるものなので、常にそれを忘れてはいけない。僕は、天傲門(てんごうもん)という流派に属しているんですけど、そこに属すると全員「傲(ごう)」という文字が入っている名前をもらうんです。「天からもらった力を身につけると傲慢になる。お前は必ず傲慢さを持っているのだということを忘れないように」という戒めなんですよ。
すきから:戒めが名前に入るとはなんだかユニークです。
オク:『イップマン』という映画で、アメリカ人に虐げられていた主人公(ドニー・ イェンが演じる詠春拳の使い手)や中国人たちが、理不尽な暴力を受けた時に、スっといなすシーンが出てきます。自分は「相手から傷つけられない存在」になり、自分も「相手を傷つけないようにコントロールする」という両方が大事ということ。そういうブレなさは、一つの強さだと思う。
すきから:『イップマン』たしかAmazonプライムで見れましたよね。帰ってみます。
オク:『猫の妙術』という剣術の教えを、ものすごく強いネズミを捕獲することに例える説話があるのですが。どうしても捕まえられないめちゃくちゃ強いネズミを色んな強さを持った猫が退治をしにいく。力の強い猫、いなす力を持った猫…でも、みんなコテンパンにやられてしまう。でも最後にはヨボヨボのなんだか頼りない猫がネズミに勝つんです。この猫は、他の猫のように自分が得意なことで相手に向かっていくっていうことではなくて、もう生きてきた中で身体に染み付いてきた自然な力を相手に合わせて出し分けるレベルにあったという。技だけが上手でも、受け流すことが上手でも、それぞれだけだといけない。自分から相手に対して必要な技が自然と出てくるような状態。それを最終的には目指したいなと思ってます。「浩然(こうぜん)の気」という状態です。
すきから:すごい治療家の先生に自身の養生について尋ねると「特に意識してない」っていう人が多いんですよ。実際に何もしていないわけではなくて、必要なことをその都度行っていると思うんです。「浩然(こうぜん)の気」ってそういうのに近いかもしれない。
歯磨きは5000回くらいでできるようになる。
すきから:強くなる過程というか、技を習得してくのってどんな感じのプロセスなんですか?
オク:ひとつには、前回もちらっと出てきたけど、日常の中でカンフーを稽古していくってことですね。『ベスト・キット』のジャケットを脱いだり着たりする話。同じことが武道でも言われたりします。
すきから:日常の中のあたりまえをカンフーにする、ですね。
オク:あとは、「一万の技を使うのではなくて、一つの技を一万に応用する」という考え方があって。ひとつの技を繰り返し稽古することで、よろづのことを知ることができるみたいな考え方ですね。師匠からは、1個の技を5000回やりなさいって言われます。歯磨きを5000回、朝昼晩、1年で1000回磨いてたら、小学校上がるくらいには自分でできるようになってる。これが「浩然の気」です。
『拳児』12巻:藤原 芳秀 日本でカンフーを語る際にはなくてはならない漫画(オクくん談)。カンフーの世界観が凝縮されている(完全版全12巻)。
すきから:確かに。うちの小1の娘も最近やっと歯磨きができるようになりましたね。繰り返すの大事。5000回ってわかりやすくていいなあ。
オク:覚えるだけなら、5000回もいらないかもしれないんですけど。1000回くらいすると飽きてきて、ようやく技との対話が始まるんです。「もっと綺麗に」とか「もっと楽に」とか「もっと師匠に近く」とか。その先で技が自分の技として歩き始めるまでには、結局、5000回くらいなのかもしれない。
すきから:ダンスのステップもとにかく踏まなないと上達しないんですけど、なんでも似たようなものですね。
オク:5000回って絶対1日で終わらないじゃないですか?ひとつの技を1日何回やるか、毎日技のことを考えてると、全部その技に関係のあることのように見えてきます。カマキリ見ても「あ、このフォーム似てる!」とか。娘と動物園にいっても、熊の関節の動きを研究してしまって妻に怒られる(笑)
すきから:ちなみに、奥様は何されてる方なんですか?
オク:普通にカンフーには関係ない一般の方です。妻からは、僕の部屋は”魔界”と呼ばれていて。「怪しい物は魔界から出さないように」と言われてます。
すきから:(笑)
オクくんの自室(通称魔界)
補うことと鍛えることについて
すきから:僕がやっている日本の鍼灸では、人は老いて弱っていく(虚する)というのが思想のベースにあって、それを補っていかに付き合っていくかという考え方です。オクくんから鍛えること、さらには鍛えて養う「養練合一(ようれんごういつ)」という考え方を聞いてカルチャーショックでした。「鍛える」というのは面白いなと思って。
オク:なるほど。僕の学んできたものでいえば「焚き火はほっといたら消える。くべる必要がある。命は燃やすもの。」っていう考え方をしますね。薪をくべていって、温度が上がれば上がるほど「おきび」みたいな状態になる。見た目は激しくなくても、高い温度で長く燃えている状態を目指しているんです。火と情熱が必要なんです。
オク:あとは、長生きすればいいってものでもなくて、自然に燃え切っていくようなことを目指していく。あまり有名ではないかもしれないですが江戸城を無血開城に導いた山岡鉄舟の最期の逸話があって。鉄舟が病気で、寝たきりになっていた頃、いきなり「稽古するぞ」と弟子たちに言い出した。弟子たちは「先生食べてないのに、体力もないだろうに大丈夫か…」と心配したんだけど、結局弟子たちを全員コテンパンにしてしまうんですね。「やっぱ強いな、まだまだ先生は大丈夫だな」ってお弟子さんは思ったけど、そのあとすぐに「それではこれにて」と言い残して亡くなったそうです。
すきから:えー、なにそれ。すごすぎる…。
オク:日本って今でも案外健康寿命は伸びてないんですよ。小児の死亡率が減って、見かけ上の平均寿命が伸びているかもしれないけど。生き方、死に方なんて何が幸せか分からない。一休さんも死ぬ間際には「死にとうない」って言ってたらしいですしね。
すきから:昭和に書かれた養生の本に、寝るというのは死ぬ練習でもあるという記載があったの思い出しました。死を意識する、って今の世の中では、なかなかないことだけどね。
「余裕」とサンクチュアリ。奥家の健康ルール
すきから:ちなみに奥さんにとっての、健康の定義ってどんなものですか?
オク:健康の定義…余裕がある状態のことかな。「暑い、けどまだ耐えれる」みたいな。ひどいことを言われても受け入れられる、風邪引いても薬を飲んだり食事で治す余裕がある。柔軟性があるってこととか。
すきから:あまり想像できないんですけどオクくんが健康じゃなくなったことってありますか?
オク:過去に仕事のプレッシャーとかプライベートなこととか、色々重なった時に弱ったことはありますね。でも、会社員時代に、面白い方と出会って。めちゃくちゃ魚釣りが好きな先輩がいたんです。「どんな出世コースでも、水辺以外のところには絶対転勤しません。」みたいな。毎朝必ず魚を釣り、それを家の冷蔵庫に入れてから出社する。潮がいいと帰っちゃう(笑)。その人がめちゃくちゃ仕事ができた。全くブレない人すごいなと思って結構自分の中で、その人に出会ったことが、確信を持てるような一つのターニングポイントになったんです。戻る場所をちゃんと持つことって、余裕な状態、健康な状態でいるためにやっぱり大事だなと思って。自分でペースを戻して、働き方を変えていきました。当時はカンフーも土日しかやる時間がなかったんですけど、忙しくてその土日のカンフーもできなくなった時に体調を崩しました。
すきから:やっぱりカンフーはなくてはならないんですね。健康のためのルール、みたいなものはあります?
オク:これはうちのファミリーのルールでもあるんですけど、「一番欲しいものを決める」っていうルールがありますね。睡眠時間が多少なくても、収入が減っても、カンフーはできるようにする。旅行に行った時の行き先も、家族みんなが、お互いに第一志望の行きたい先を出す。第二志望、第三志望は妥協する。なので、すべきことは家族分ある。人間、一番が満たされていたらあとはどうでもいい。でも、一番欲しかったものが手に入らないって苦しいことですからね。
すきから:シンプル!
オク:うちの師匠もそういうタイプで、一つの技を完成させ続ける。師匠は完璧な弟子を一人育てるといって、自分しか弟子を取ってない。それはそれでプレッシャーなんですけど。(笑)
すきから:確かにそれは責任重大。(笑)
オク:あとはね「サンクチュアリはどこですか?」と人に聞かれたことがあるんです。自分は、引越しを点々としてきたので、どこに行っても自分をブラさないもの、居場所を作り出す能力としてのカンフーがサンクチュアリだなと思いました。場であろうと、言葉であろうと、カンフーであろうと、人はみんな自分のサンクチュアリを持っていることでブレずにいられるのだと思う。「サンクチュアリ」って言葉が気に入っています。
すきから:人によって違うっていうのは「養生」って言葉もそうで、だから気に入って使っています。たとえばめっちゃ不健康でも養生人というのはありえる話で。
オク:健康とはラーメンを食って美味しいと言えるその一瞬だ、っていうのをどうして否定できようかって感じですよね。カンフーも、やってる人の間でそれはカンフーかカンフーじゃないかとか、べき論があるんだけど、それを判断して正邪を分けたり線を引いたりしてしまったら、嘘になってしまうようなところがある。
俺にとってのその生き方OK!だけど、妻にとってNO!な時に、お互いの大切をブラさずに線を調整するみたいなこと。それは強さにつながる話かなと思います。
すきから:違いを許容しつつも、柔軟に、大事な人と調整しながら一緒に生きていくための強さを養う。それが奥くんの健康論なんですね。
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話し手:奥圭太
聞き手:すきから
編集:篠田栞
イラスト:篠田彩音
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お灸とデザインの人。お灸治療院のお灸堂、お灸と養生のブランドSUERUの代表をしています。みのたけにあった養生ってどうすりゃいいの?という課題に向き合う毎日です。