第1話「面白い方を選んで、捨てる力」
YOJO ZINE 第1話 「面白い方を選んで、捨てる力」
大山崎COFFEE ROASTERS 中村佳太×新町お灸堂すきから
WHY YOJO? 健康にすごすのが難しい世の中で。
新町お灸堂はお灸の治療院です。身体のお悩みを癒すということ、そしてひとりひとりが生きやすい状態をつくるということを目的に日々診療を行っています。そんな理由から弊院では「養生」という考え方を大切にしています。養生とは読んで字のごとく「生(いのち)を養う」ということです。養生の技術は食事睡眠などの生活習慣の調整だけではなくて「自分の幸せを自分で定義する力」自分の機嫌をとることなども含まれると思っています。
本企画は、そんな新町お灸堂がお届けする、養生マガジン。身近であるがゆえに解像度が低く、家族や恋人同士でも全然違う「健康」という概念について「養生人」とすきからが対談し、その知恵を集めることで自分らしい「健康」や「養生」をみつめるきっかけを作りたいという思いでスタートしました。
第1話のゲストは、大山崎COFFEE ROASTERSの中村佳太さん。
第一回の養生人中村さんは、京都のコーヒー焙煎家であり、在野の資本主義研究家。ふたりは6−7年前くらいにとある京都のイベントで出会ったのがきっかけ。すきからから、ほぼ一目惚れ的に”なんだか気になった”ので話しかけてみたところから、やりとりがはじまりました。自分の暮らしを自分の手でつくっていくことを実践されている養生人としての知恵、また、中村さんのキーワードになっている資本主義についてお聞きしたく、初回の話し手をお願いしました。
すきから:これは私自身もそうなんですけど、とにかく皆さんがんばっているんです。でもそのせいで体調を崩したりしてしまうわけで。かといってがんばらないようにするのもなかなか大変なんですよね。健康に過ごすのが難しい世の中だなって最近つくづく思うんです。
ケイタ:そもそもどうしてこんな頑張るんだっけ?みたいなことですね。
すきから:そうそう。なぜかわからないけどがんばってしまっている。だからがんばらないようにするための知恵が必要だなと思ったんです。それで、ケイタさんの資本主義研究の話とか、身の丈に合った生活について話されているのをブログやSNSで見て、この企画で、まずはじめにお話伺いたいなと思ったんです。そもそも今みたいな生活スタイルになっていったのには、どんな経緯があったんですか?学生時代は、宇宙の研究をしてましたよね。
ケイタ:そうですね、でも全然天文少年みたいないわゆる宇宙好きとかではなかったですよ。結果的に宇宙を学んだという感じで、それが結果的にこう(コーヒー焙煎家に)なっている。
すきから:そこからすでにすごいですよね。
人文科学より、自然科学の方が崇高な学問だと思っていた学生時代
中高は数学が好きで、計算して答えを出すみたいな、わかりやすい成果の出ることが好きだったケイタさん。大学に入って、数学科に行こうと思ったが、理学部は3年生になって専門を選ぶという形式だった。どちらかというと物理学(世の中がどうなってるかという仕組み)を知ることに興味があった。「人文科学より、自然科学の方が崇高な学問だ」と思っていたその当時、その中で世の中をより理解するには、物理学だろうなと思って。その中でも先生が面白そうだという理由で地球惑星科学の道に進んだ。
人文学と哲学に開眼した会社員時代
修士1年生に入って、そのまま研究者になろうかなと思っていたが、周囲は当たり前に、大学の博士課程に行って、就職しない人も多いという状況だった。専攻と関係することで就職するとしたら、宇宙系なのでJAXAなどがあるが、元々宇宙自体に興味があったわけでは無かったので、ちょっとなと思い。研究者になるにしても、あまりにも視野が狭すぎるから、とりあえず就活だけでもしてみようと思って、就活を始めてみた。興味の軸は「世の中の仕組み」なので、金融やコンサルの説明会に行ったところ、数ヶ月で「新しい世界の方が面白そう!」となって、就職。就職先で、文学部、経済学部、哲学科出身のような人文系の同僚に囲まれ、論理的展開が自分の周りにいた理系とは全然違っていることに面白さを覚える。
ケイタ:世の中の仕組みに興味があるということは一気通貫してるんです。昔興味を持ったのは自然の仕組みで物理学だった。今度は、人間社会の仕組みに興味を持って、思想の研究をし始めた、という感じ。
震災、そして京都へ移住。
コンサルティングの会社で楽しく、忙しく働いていた2010年に結婚。それまでは仕事以外に特にしたいことがなかったが、結婚するとパートナーに対して、「この人との時間がもっとあるべきだ、この人の考えていることをもっと知りたい。でも物理的に時間が足りない」と思ったそう。その数ヶ月後に震災。しばらく出社せずに家にいた際、そこから先の暮らし方について考えた。(また同じレベルの地震が来るのか・・・?)とか、いろんなことがどうなるかわからない。また同じ働き方、同じ暮らし方に戻るということが想像できなくなっていることに気づいた。そこで、ふたりで何かをして生きていくということを選択し、東京を離れて、ふたりでお店をしようということになった。
ケイタ:ふたりともが好きだったことを書き出した中に「コーヒー」があって。他にも、本屋さんとか図書館、映画も好きだなぁとか…。好きなものは色々あったけれど、強烈に好きなものというのがそんなになくて。2人とも、マニアックなタイプではないので。お店をやろう、どうせやるなら好きなものの中からやる方が楽しいからコーヒー。という流れでした。コーヒーがめちゃくちゃ好きすぎたらやってなかったかもしれない。
その時々のしあわせを選ぶこと。そして、捨てる力
すきから:全く違うことをその都度選んでやってるっていうのがすごいですよね。捨てるのがうまいというか。だって、研究者になろうかなくらい宇宙のこと考えて、そのあとコンサルで東京のひりつくようなビジネスの世界にいて、それをあっさり捨ててコーヒー焙煎の道に行くんだから。
ケイタ:あーなるほど。捨てるかぁ。
すきから:僕は、それが嫌だから、鍼灸って最初に決めたようなところがあります。そこそこの歳になった時にそれなりに積み上がっていそうなこと。嫌いじゃなさそうな世界観、仕事としてやってられそうなこと。めちゃくちゃ好き以前にほとんど知らない世界というのを選択したという感じ。コーヒーみたいにかっこいい世界は危険な感じがするので…笑
ケイタ:捨てるのが得意っていうのは重要かもしれないですね。過去にとらわれないというのは大事かなと思います。就活の時とかも、「なんで地球惑星科学なのにうちに来たの?」って聞かれることがあって、ほっといてくれよと思うんですよ。過去の積み重ねからこれからを考えてるって思うなよって。無理矢理つなげる意味がわからないと思ってしまう(笑)。昨日まではその世界で楽しく生きてきたけど、明日からはこっちの方が楽しそうだから、以上に何もない。線型的な成長というは一般的かもしれないけど、それは過去にとらわれているとも言えるでしょう。
すきから:苦労したものほど、普通はとらわれますよね。だからこそ全く新しいことを始めることのパワーがすごい。
ケイタ:「誰だって最初は初めてでしょ?」ってベタなこと言いますけど(笑)。つまり捨てるのが勿体無いって思ってるってことですよね?でも、たとえば経済学的に考えたら過去のコストを元に明日の経営判断をするというのは非合理的だとも言えますよね。失ったものは失ったものとして考えることが必要な時ってあるんだけれども、人間にはそれは難しいことが多い。でも、僕はたまたま、捨てるのが得意だった。その時面白そうって思った方に行っちゃうんです。
資本主義と「大きくならずに強くなる」について
すきから:ケイタさんは、資本主義について研究されてますよね。
ケイタ:東京で働いている時に過労死するくらい忙しい時があったんですよ。なんで人間はこんなに忙しいんだろうって。でも周りを見渡してみたら、誰も僕を過労死させようとしていない。上司も社長も、クライアントもいい人ばかり。人が悪いからこんなに忙しいわけではなく、これは仕組みの問題だ、と気づいた。そこを突き詰めていくと資本主義に行き着きました。
ケイタさんのノート>>「僕は資本主義からできるだけ遠いところに行きたいんだ」
ケイタ:資本主義の中にいきていくとき、ここから出たい!にしても、この中で生きるんだ、にしてもバランスをとって生きていくんだにしても、知ってないとどうしようもないなと思って。
すきから:ケイタさんが資本主義について発信をはじめた時は驚いたんです。思想家や学者が題材にするようなことだと思っていたから。でも、中身が身の丈に合った生活のことだったりして、なるほどなと納得しました。
ケイタ:資本主義は、経済が成長し続けるための仕組みです。人をより集めて、会社を大きくして、より効率よく、低コストで生産できるようにして、より儲ける。だから誰からも言われてないのに、効率を上げないといけない、生産性を上げないといけない気がしてしまいます。
すきから:誰にも何も言われてないのに追い立てられる。怖いですね。ずっと急かされてる感じがするって感覚、私も鍼灸院をやっていてひしひしと感じます。ちなみに僕の今のテーマは「大きくならずに強くなる」なんです。
ケイタ:それってまさに共感するところです。そういう意味では自給自足って最強だと思います。誰からもなんの依存もしていないって状態は小さい規模でしかありえないですからね。でもそういう暮らし方をしてる人や共同体って現在では世界のごく一部にしか残っていないですね。
この資本主義の世界で、ゼロは無理にしても、できるだけ小さくいることって大事。つまり、依存先を減らして、自分で意思決定ができて、自分が管理できる範囲をなるべく広くもつと言うことでもあります。例えば僕が技術だけを持っている焙煎家だと、何かしらの道具を誰かから貸してもらわないといけないけど、歌を歌うとか、そういうのは自分だけのスキルでできる。生み出すものに対して必要な設備やスキルを持っていれば、周りからの影響を最小限にできる。
すきから:お灸ももぐさがあればできるし、よもぎがあれば、自分で作ることもできます。あとは、ペットボトルでもいいし、マッチでもいい。昔の人は、時代劇とかで燃えてる行灯の中の液体を垂らしてお灸してたらしい。昔SM用のろうそくが手に入ってお灸のかわりにならないかためしにやってみたことあるけど、意外となんとかなりました(笑)。温めること。温めないといけない場所がわかることが灸師の仕事です。
ケイタ:なるほど!面白いですね。結局のところ、どうして資本主義を研究するかっていうと、大きな組織の一員でも、個人事業主でもどちらの選択も自分の向き不向きだけだと思うんです。でも資本主義の方がお金を生むし、大きな組織で人を吸収してしまって、小さいものを潰してしまう。本来はそういう大きな組織が向いていない人も吸収してしまう。いろんな人がいる社会がハッピーだと思うけれど、大きい方が小さい方を吸収する仕組みになっている社会というのは歪んでいると思う。競争に巻き込まれない、より大きいものに潰されない方法を確保できたら、成長して勝つ以外の方法も模索できるかもしれない。あとは好きに、楽しくやればいいと思うんです。場所もやり方も。
やすむの定義と「気と血」の話
ケイタ:最近は何かを選択する時、楽しそうということに加えて、ストレスがないということを大切にしています。無理しないとか。暮らし、心、体が穏やかであるかどうか。どんなに楽しそうな仕事でも寝る時間が確保できないようなことは受けないようにしています。健やかであることはとても大事。若い頃はこのプライオリティは全然高くなかったんですけどね。養生ZINEのなかの、寝るとかストレスをためないとか、食事のこととかお風呂に入るとか。つぼ押しとかまめにやってないですけど、そういう生活のことは共感しました。
すきから:養生においては、てんこ盛りにしないということが大事だと思ってます。忙しい生活の中でできることは限られていますから。少ない手数で、健やかで、淡々といい仕事ができるようになっていこうと思っています。
ケイタ:寝る瞬間まで何かに追われて生きている時って自分の体の不調に気づけなかったんです。でも働き方を見直して一定のリズムで生活をしていると、今日はなんか変だな?ということにも気付きやすくなったりする。なんか食べ過ぎなのかな?あれ食べたせいかな?とか。寝てない生活していたら翌日の体調不良はだいたい「寝不足」で回収しちゃう。自分の身体への興味も、聴く余裕をもなくなる。今は否応無しに気づいちゃうようになりました。
すきから:ちなみに、休みの日の息抜きとかってどうしてますか?
ケイタ:テレビと勉強ですね。だから勉強ができないくらい疲れるのは困る。休みを体力回復のために使わなくていいようにしたい。休みはあくまでもコーヒー豆屋さんとしての休日。どちらも同じくらいの体力がいるし、どちらかがどちらかを侵略しないようにしたい。
すきから:あ、たしかに今の休むって基本的に「体力回復」を指す場合が多いですね。例えば東洋医学では運動や変化や感情のような触ることができないものを「気」、筋肉や血液のように触ることができるものを「血」と呼びます。「気」も「血」ともに養わないといけません。言いかえるなら気休めも骨休めもどちらも大事みたいな。
ぼちぼち、がんばりすぎずに、でも面白い方を選択する、という養生
すきから:最後になるんですけどケイタさんは自分の身の丈にあった生活って、どんなふうに落とし込んでいますか?
**
ケイタ:特に若い時って、可能性を感じて色々やってしまう。でも捨てていけると楽ですよね。これが好き、これはちょっと違うが言い切れるようになるといい。**こういう類のものはちょっと違うなとかわかるようになってくる。ただこれは言うはやすくて、中々難しいですよね。
すきから:現代人はやっぱり追われていて、余裕がなかったりしますよね。完璧を求めるってことではなくて、ここも出来るだけで、がんばりすぎずに、ぼちぼちやっていくということかもしれない。
ちなみに、僕は最近まで「休日美術館に行く人になろう」って思ってて(笑)。でも無理だって気づきました。美術館に行ってもめっちゃ早足で出てきてしまう。興味ないんだなって認めました(笑)。
ケイタ:それはもっと早く気付いた方が良かったね(笑)。でも、わかるわかる。なんで今自分は楽しくないんだろう?なんか違和感あるけどなんだろう?という理由を探す力が必要かもしれません。
僕めっちゃテレビ好きなんですけど、テレビが好きって、意識高い業界では言いづらい。むしろテレビがない方が高尚な感じがするかもしれない。でも、そういうことに惑わされなくなるのが大事。好きなんで、世の中でダサかろうが関係ない。「好きなんで」と言い切ってしまう感じ。
そうやって自分を認めて、相対化していくときに、哲学みたいな人文学とかって役に立つと思うんです。今自分が生きているこの世界において、なぜ、こういう世界なのかということを知っておきたい。そのためにいろんな人がいろんな言葉で世界について語ったものをインプットしている。いろんなものをかじって、今生きていくために、今の状況を理解せねばならぬという気持ちで勉強してます。(終)
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話し手:中村佳太
聞き手:すきから
編集:篠田栞
イラスト:篠田彩音
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お灸とデザインの人。お灸治療院のお灸堂、お灸と養生のブランドSUERUの代表をしています。みのたけにあった養生ってどうすりゃいいの?という課題に向き合う毎日です。