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殺し屋の父親#2 (ショートショート)
【息子】
僕は、生まれてから何年間かの記憶がない。
人間には「幼児期健忘」という症状があるらしい。
海馬が発達していない幼児期は、言語によって媒介される記憶に関しては、残りにくいらしい。
僕に小さいころの記憶がないのもそのせいだろう。
ただ、僕の中には、生まれた直後に両親から言われた言葉が、消えず残っていた。そして、海馬の発達とともにその言葉も大きくなり僕の中に残っている。
父親からの
「父さんがいなくても、お前が母さんを守るんだ。」
という言葉。母親からの、
「大きくなったらお父さんを守ってあげてね。」
という言葉。おそらく二人は僕がお互いからこんな大きな責任を負わされていることを知らない。父は、あの時にはすでに、自分の命が狙われる可能性も予想していたのだろう。
僕は、生まれたばかりにして、お互いのことを想い、愛し合っている二人の愛をすでに感じ取っていたような気がする。
僕は、家族のことを守るため、小さいころから護身のために武道を習い始め、特に成績は気にしていなかったのだが、怠らない努力の結果、どれも大きな大会で表彰されるほどの実力を身につけていた。
ある大会で優勝したときに、見知らぬ人から声を掛けられた。
その人は現役を退き、自分の後継者を探しているとのことだった。
それから、僕はその人を師範とし稽古に励んでいる。
師範との稽古は今まで経験してきたものとは違い、自分だけでなくも近くにいる人を守るための技術を身につけることが主な目的であり、自分の信念と近いものがあったためにこの話を受けたというのもある。
とは言っても、もしもの時のために、人を倒す方法も身につけていった。
中学に入るまでは、習い事と並行して何もない曜日に、遊びに行く振りをして習っていたが、中学に入ってからは、部活という口実で夜遅くまでここで稽古を受けることもできる。裏の世界が動き始めるのも夜が多かった。一応学校でも部活には入っているが、幽霊部員だ。
学校もそれほど部活に力を入れているわけでもなく、そこまで気にしないのか、親には気づかれていないようだった。
家で部活について聞かれたときはそれとなく話を作っていた。父親から社交辞令のように部活について聞かれることは多かったが、母親からその話題を出すことは少なく、安心している。
母親は勘が鋭い。僕が小さいころから、嘘をつくとすぐにばれる。なんでもお見通しのようだった。
師範の下で習い始めてから一年がたった時、僕が中学生になったタイミングで、この世界についての話を聞き、裏の世界に足を踏み入れた。師範はもともとこちらの世界では名をとどろかせていたほどの実力の持ち主だったらしく、その唯一弟子である僕は、その辺の殺し屋には全く劣らないほどの実力を身につけていた。
何度も実戦経験も積み上げ、自信がつくのに比例して、自分の名が業界で有名になっていった。
そのせいで仕事に支障が出るのは嫌だったが、怖がって自分から降参してくれる者もいる。プロのくせに情けない。まあ、そういうことも含め、僕にとっては悪いことばかりではなかった。それに、通り名もなんだかかっこよくて気に入っていた。
「ヨハネ」という名で呼ばれる師範から授かった「騎士」というこの名を。
こちらの世界でも珍しいようだが、僕の生業は「生かし屋」だ。
師範が言うには、
「刀ができたらそれに対抗するための盾や鎧が生まれる。銃ができたら、防弾チョッキが作られる。だから「殺し屋」がいるなら「生かし屋」がいるのも当然だ」
とのことだが、僕らのほかに名前を聞いたことはない。それを師範に尋ねると、決まって
「今くらいが丁度いいんだよ。」
と返ってきた。生かし屋が増えると、裏の世界のバランスが崩れて表の社会にも大きな影響が出るとのことだった。表裏一体なんだって。
「生かし屋」の仕事は、依頼があるときのみだという決まりで、それほど多くはなかったが、殺しには武力のみで行われるものから、道具を用いたものなど様々で、毎回成長していた。情報収集も怠ってはならない。
自分が失敗したら、一人の命を失うのだ。ものは壊すより守るほうが難しい。常に緊張感を忘れなかった。
ある日、いつも通り稽古を終え帰宅すると、いつも通り両親に迎えられ食事と入浴を済ませ、ベッドに入ろうとしたところ、師範からメールがきた。
そこに書かれていたのは、ある人間の殺人計画だった。
直接仕事にかかわることに関して、メールでやり取りをすることはなかったため、これまでにないほど緊急のことなんだろう。
生かし屋にとって一番警戒するべきは、仕事を妨害されることだ。
基本依頼があれば断らないのだが、僕ら「生かし屋」は人数が少ないため複数の予定が被るとすべてをこなすのは難しくなる。そういう場合は、未成年だということもあり、自分の生活に支障が出ない範囲において、場所や時間などから優先順位を作って選ぶことになるが、それを逆手に嘘の依頼をして妨害しようとする者たちもいる。
メールということも相まって、一層警戒心を高めてメールを読んだところ、犯行時刻、犯行場所、犯行に使われる道具や車、など事細かく書かれていた。紐、スコップ、睡眠薬、さらには爆弾まで、こんなに道具を準備して、どの様な犯行を考えているのだろう。
これらの伝える順番や語尾など、いつもの師範と同じだったため、いつものように自分の中でいくつもの仮説を立て、イメージトレーニングのため、眠りに入った。
依頼の信憑性を確かめるため、狙われているターゲットの防衛を依頼するものと必ず会って話をし、信頼でき、かつターゲットの防衛を心の底から願うものが必ず一人以上いるときのみ実行する。
僕ら「生かし屋」は、裏の世界にいながら、こちらの世界とつながる表の人間からの信頼は厚く、直接会うことを断る人間はほとんどいない。
今回の場合、依頼人の情報や対面の予定が決まってないようだったが、緊急でそれは難しいのかもしれない。しかし、僕は昔そのターゲットの防衛を願い、かつ自分が信頼できる人間から依頼を受けている。
だからルール上さなにも問題はない。
今回のターゲットは僕の父親だった。
依頼人には、あの日の母親がいる。