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無言の施術者 世にも奇妙な物語 実話

初めてマッサージを受けたのは、タウンワークで見つけたマンションの一室にある店だった。時は2000年代初頭。私は立ち仕事の接客業に従事しており、体の疲労が溜まっていたため、マッサージを受けることに決めた。予約はおそらく携帯で済ませたはずだ。

その店は、個人で事業を始めたばかりらしく、畳の部屋に布団を敷いただけの、がらんとした空間だった。首都圏の大きな街に住んでいた私がなぜその店を選んだのか、今となっては分からない。おそらく、当時はマッサージがそれほど普及していなかったため、選択肢が限られていたのだろう。

その日、他に客はいなかった。前にも後にも。

施術の際、私は作務衣を着せられたように記憶している。男性の施術者がマンションの一室で行う初めてのマッサージということもあり、私は当時の年下の彼氏に付き添ってもらった。彼は、育ちが良いので畳の部屋の隅で正座して、無言で待っていた。彼はMARCHの大学に通う学生で、正座して待つ姿はどこか神妙だった。

施術者は、青白く痩せており、30代に見えた。接客が苦手な様子で、会話はほとんどなく、地下鉄サリン事件から10年が経過していなかったこともあって、彼が黙々と施術する姿には何かしらの陰影が漂っていた。私はその佇まいに恐怖を感じ、彼がその事件に関係していたのではないかという疑念さえ抱いた。

重苦しい空気が流れ、彼の緊張が指先や表情から伝わってきたことを、今でもはっきりと覚えている。もしかしたら、彼もまた、私たち若い二人が持つ陽のオーラに怖気づいていたのかもしれない。それとも、彼が抱えていた何かがそうさせたのか。

彼の施術が下手だったのか、そもそもプロフェッショナルの施術者だったのか、さっぱり凝りが取れることはなかった。

施術が終わった後、私は「凝っていましたか?」と尋ねると、彼は「そんなに凝っていませんでした」と答えた。それが、彼の口から出た数少ない言葉の一つだったように思う。「着替えてください」と「ありがとうございました」以外、彼はほとんど何も言わなかった。

不穏な1時間が過ぎ去り、私は彼氏とともに核心に触れることなく、家路を急いだ。本当に彼を連れて行って正解だったと、20年以上経った今でもそう思う。

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