埋もれた将棋名作ルポ『ライターの世界』(6)全7回
(作家湯川博士の埋もれた名作『ライターの世界』を掘り起こす、第6回)
(5)の最後に、木本書店の『スター棋士23人衆』という将棋ライターたちが書いた本で、湯川師匠が担当した棋士は誰かという「問い」を書いた。
答は、花村元司。真剣師から特例でプロになった、「東海の鬼」という異名を持つ棋士。いかにも湯川さん好みだ。しかし、この本のことを訪ねるとなぜか、「忘れてくれ」と答える。なんでだろう。師匠といえども踏み込めない一線だ。
湯川師匠のルポ『ライターの世界』は、今度、田代正夫さんへのインタビューとなる。
奥がある仕事
―― 今は棋書が中心ですか。
「えぇ。N先生の本ですが、初中級向きの本なので、そこのところに気を使いますね。まず変化をなるべく書かない。そして手数は1回につき3手くらいで止める。分かりきったところでも説明を入れる」
―― たとえば?
「先手棒銀で☗3五同銀と進出します。この時☖3四歩とされた時に、銀を逃げずに☗2四歩と突くでしょ。この本を読む人は☗2四歩と突かずに☗2六銀と逃げちゃうクラスなんですよ。強い人はついついこういうところは省略します。特にプロの人はこれがあります。弱い時期を知らずに通っていますから。それと編集者の感覚というか、サービス精神がないと書けないですね」
―― どの程度のペースですか。
「月1冊目標ですが、年に8冊くらいですね。この仕事やっていてだんだんわかってきたのは、プロ高段将棋の奥ですね。私の場合、N先生のが多い関係で、実戦譜を常に並べていますし、頭の中にいつもあるんですよ。そうしますと、たとえば同形を全部調べていく過程で、あっ、こんなところまで考えて指していたのか、と分かることがあるんです。普通は見逃してしまう棋譜の奥の手が見えることがあるんですね」
―― 面白いでしょうねェ。
「そう。N先生と指した棋士の、将棋ばかり調べてますけど、たとえば米長先生の将棋、よく逆転とか書かれますね。ところが、逆転じゃないんですね。ゴルフで言えば、はじめは普通のスピードで、途中からグーンと伸びるような打球です。だから途中の遅い部分のみを見て、今、劣勢とかなんとか言って、それで最後にグーンと伸びると逆転と言ってるような。つまり超一流の将棋は流れとか勢いで全体を見るのもなんだなぁと思いましたね」
―― 棋書の仕事ばかりだと飽きないですか。
「やればやるほど奥がある感じで、けっこう面白いものです」
―― 田代さんは名前を出していませんけど、その点は?
「別にあまり考えたことはないですね。いい本ができればそれでいいですから」
―― 観戦記などは?
「えぇ、ちょっとやりました。機会があれば、またやりたいです」
物静かな方で、将棋も強く(都十傑)、情熱も持っている。こういう方が、初中級者の読者のために黙々と筆を執っているのである。
同じ小タイトル内だが、ここで田代さんへのインタビューは終わる。そして池田書店へのインタビューとなる。
(7)につづく。
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書き物が好きな人間なので、リアクションはどれも捻ったお礼文ですが、本心は素直にうれしいです。具体的に頂き物がある「サポート」だけは真面目に書こうと思いましたが、すみません、やはり捻ってあります。でも本心は、心から感謝しています。