はたらくことは「願うこと」
「はたらくってなんだろう?」
これから社会にでることを考える時、あるいは仕事をしているけど、立ち行かずにもやもやしている時、「はたらくってなんだろう」って悩んでモンモンとしてしまいませんか?
私は悩みました。
最初に就職をして半年後の23歳。それから転職して1年たった24歳。しばらく順調だったけど、キャリアのトランジションに差し掛かった32歳。そして34歳。
社会にでてから10年とちょっとで4回大きな悩みを持ちました。
そのタイミングを今、振り返って考えた時、「はたらくってなんだろう」の答えは、「願うこと」と言えるような気がします。
自分だけの妄想でもいい。夢でもいい。誰かの期待でもいいし、社会に役立てたいことでもいい。そうしたことを願う。強く願う。
はたらくことは「願うこと」。
そんな風に思えたのは、34歳の時のことでした。
舞台装置が整っているベンチャー
34歳までのキャリアはベンチャー。最初に悩んだタイミングで大手からベンチャーに移り2社で11年を過ごしました。
私はベンチャーって「夢中になる舞台装置」だと思っています。
気の置けない仲間がいて、実現したいビジョンがあって、日々何かが変わっていく。手ごたえがないことがたくさんだけど、そんな中でもグッと前進している感じもあったりして。
経験を重ねる中で、キャパを超えても大きくなる責任。
山積みのやらなければならないこと。
求め続けられるスピード感。
限られた手数。
困難こそがモチベーションの世界でした。
そんな時に子供を授かりました。
実際に生まれてみると本当に大切な存在で。この家族に来てくれたことを僕は心から感謝しました。
一方で、実際のところは朝の8時に家を出て。あっという間に19時を迎え、やり残した仕事、これからまだもうひと仕事あるメンバーの顔ぶれをみながら、何かを胸に感じながら帰る。家につくころには20時前。
就寝までに残された時間はほんのわずかしかありません。
あれ?はたらくってなんなんだっけ?
大切な存在から離れてまでする仕事。その仕事が、自分のキャリアのためだったり、自分”だけ”のやりがいのためだったり。
「大切な存在と過ごす時間のトレードオフ」で得られるものがそれでよかったんだっけ?
今まで、自分の夢中をつくってきた「舞台装置」がガラガラと崩れ落ちる音がしました。
新たな「何か」がないと、自分まで崩れ落ちそう。
本気でそう感じました。
それまで無我夢中になっていた「仕事」というものが、急に無機質なものに感じられて。ふとした瞬間、なんだか笑ってないねって言われて涙が勝手に出てきたり。
私は「心の置き場所」に迷うようになってしまいました。
『そうか、「心の置き場所」が明確だったから、夢中でこの10年くらい突っ走れたのか。その置き場所こそが、ベンチャーという「夢中をつくる舞台装置」だったのか。』
そんなことを感じました。
「心の置き場所」の変化
じゃあ、これからの自分にとっての「心の置き場所」はどこなんだろう。答えのない、答えを探すような時間を1年過ごしました。
その時は焦っていました。振り返れば当然のことかなと感じます。だって、子供を授かって家族で育てていく経験は初めてのことだから。
悩んで、迷って、それで当然。ただ当時は完全に「パタニティブルー」に陥っていました。
それでも、自分の考えをノートに書きなぐっている中で、だんだんひとつの方向性が見えてきました。
「あ、そうか」と。
『自分の子供の、自分の子供達の世代が生きる未来を、もっと明るく希望に溢れていてほしい。その世界で、子供が幸せに生きてほしい。』
それはとてもシンプルなことでした。
それを言葉にした時に自分の背中のスイッチが押された感覚がありました。「遺伝子のスイッチ」とでもいうのでしょうか。このために自分は頑張れる。ここを「心の置き場所」にしたい。
そう思えたのです。
そうして、これからの世界をつくる仕事を探しました。
世界の「生きること」に接点のある仕事って何だろう。その時に目に飛び込んできたのが「A Better Life, A Better World」です。
パナソニックのブランドスローガンでした。そこから縁がつながり、今に至っています。
ここで頑張れば、ここで動き続ければ、きっと世界はよくなる。
そう「願うこと」ができる場所で今、働けています。「心の置き場所」が明確だから、何をすべきかが自然に見えてきます。
大人になるほど夢をみる
社会にでて、経験を重ねるたびに、現実的になっていったかというと、実際は逆で余計に大きな夢をみているような気がします。
その夢は、自分が大切にいだく夢。人と比べるでもない、自分だけの手のひらの中の夢。
それを「願うこと」がはたらくということ。
覚めない夢の中にいるがごとく、夢を追う気持ちを持ち続ける。果てしなく、自分にとって尊い夢。自分の胸の前に浮かぶ、青くきらめく夢。
その夢の光を浴びて、身体にエネルギーが行き渡る。
夢と生きる上で、素敵な一節を糸井重里さんが言葉にしていました。
この一節を僕が素敵だなと思うのは夢を「家族」と置いても、「自分が願うこと」と置いても、同じだなと感じられるところです。
願うことって、決して手放しでただ待つことではないと思います。
願うからこそ、なんとか実現したいと思って、考える、行動する。ダメなら別の方法を試してみる。何度でもやってみる。
それが「願うこと」なんじゃないかなと勝手ながら考えています。
「願う」は競争せずに共創する
どんなに夢を描いていたって、1人でできることには限界があります。自分が何かを提供して、誰かも何かを提供して、みんなが持ち寄ったものを通じて夢に近づいていく。
願うものがあるからこそ、持ち寄りたくなるし、余計なものに振り回されない。
余計なものっていうのは、ステータスや肩書き、名声のようなものです。人の好悪みたいのもあるかもしれません。
願うから、言葉になっていない約束や一方的な重しのような悪い意味での「期待」もしないし、人と比べて自分を上げたり下げたりもしない。
願うから、本質的なコトに向き合える。僕はそう考えています。
2021年の「願い」はジェンダーダイバーシティ
年はじめということで今年の「願うこと」を1つ書いておきますと、組織におけるジェンダーダイバーシティの実現です。
企業においてダイバーシティが競争力の源泉になり得ることについては様々な論拠があります。とりわけよくみるのがこちらかなと思います。
国籍、多様なキャリアなどもありますが、まずもって一番身近なジェンダーの多様性を確保することが入口です。
とりわけ前述のリンク内では「管理職に占めるジェンダーバランス」の重要性が述べられています。「黄金の3割」と言う話もありますが、こちらの研究では「管理職において女性が2割以上になる」ことで変化が大きくなるとされています。
国内でみれば、帝国データバンクによると女性管理職比率は平均して7.7%と停滞しています。業界によっても偏りがありますが、私の属する製造業は平均よりも低いとみてよいでしょう。
D&Iというと、様々な切り口での多様性の話がでてくるのですが、目先に横たわっているこのイシューに切り込まずに、その他の多様性に話を振るのはトーンポリシング(あるいはWhataboutism)にも感じてしまいます。
逃げてはダメな現実なんだと。いいかげん、ケリをつけなければいけないテーマなんだと。
そして、この記事が一時期よく読まれていたように、会社だけではない環境や文化によりジェンダー間のギャップが生まれていることも指摘されています。
社会環境や文化を変化させていくことは時間もかかりますので、企業側ではその分も加味して対応していくことが必要でしょう。
そのために、何ができるのか。
まだ具体論までは落とし切れていないですが、昨年後半から動いてきたことも徐々に芽が出始めているので、なんとか育てて花咲かせていきたい。
大企業におけるジェンダーダイバーシティの推進。
それが2021年の「願い」です。
その先に、より多くの働く人の幸せと、会社の成長と、社会への価値貢献がある。そう信じています。