自分の機微を抱きとめる100日ドリル 9
さて、今日は書けそうかな。書いてみよう。
周期的体調不良によりボケボケポンコツしながらも、休み休み。先送りできることはして、やりたいことに少ない気力を使ってなんとかしたかんじの二日間。もしかしたら風邪も併発してるのかも。ボケボケ。
「さて私は何がしたいかな?」って自分に聞いてみたら、「静かであったかいところでゆっくり本が読みたい」ということだったので、昨日の午前は図書館に行って小南奈美子著『病は気から・NEW APPROACH』を読んだ。
買い物も予定に入っていたのでさらっと読もうと思ったはずだけど、気づけば図書館の隅で嗚咽。感じたままに涙を流すって、気持ちいいよね。
西洋医学の権威にまでのぼりつめたナミさんが、外科医としての人生の中で起こった医学だけでは説明のつかない不思議な体験と、自分自身の大病をきっかけに、東洋的な「気」や「経絡」の考えとともに「人の内面」を研究し自分自身によって実験した結果の本。
「身体」と「身体以外」の自分。「気」とはその「身体以外の自分」を総括して表す言葉だと。「気持ち」とか「こころ」とか「おもい」とか「意思」とか「念」とか。現代では「気」という言葉だけでその抽象性を表しにくい側面があるということで、ナミさんは「気」を含む「身体以外の自分」を「マインド」とネーミングして使っている。
そして「身体」と「マインド」をつなぐのが「意識」であって、このスイッチによって体とマインドはお互いに関係・影響しあうのだと。これを説明するのに「幽体離脱体験」や「多重人格者」の例を示していてとてもおもしろい。
「意識」のスイッチがはいる。「寝てる」状態から「起きる」、とか「麻酔が切れて意識が戻る」ということ。「マインド」の状態は身体に反映されるし、「身体」の状態が「感覚」「感情」「思考」を刺激して、「マインド」に影響するし、また身体が感覚的反応をはじめる。マインドと身体の切っても切れない一体の関係。
本の要約なんかしようとするから、時間なくなっちゃった!
とにかく、人間は単純な「感覚」や「感情」や「事実」だけではなく、なんか後付けされた「ルール」や「説明」や「思い出話」とかを重要なことだと思い込んでて、ややこしくなっちゃって気が滅入ってそのマイナスのエネルギーが全ての病の原因やで!!
ということを、西洋医学の権威が言っちゃってるからおもしろくて、とってもわかりやすい言葉で、自分の人生の経験をさらけだして、研究して、自分自身で実験をくりかえし、みんなの苦しさをただの神秘に取り戻すクリエイティブな視点に気づかせてくれるスーパーやさしいおばあちゃん。は、坂口恭平さんとそっくりやなーと。私が惹かれるのはそんなところなんやなーと。
『病は気から~』には自分の気にアクセスするためのワークシートもついていて、自分の意志や過去や自己否定や自分を尊重することをじっくりと感覚や感情の機微をかんじながら、考えや思いと別にしながら、向き合って進む12のstepが設けられている。
『自己否定をやめるための100日間ドリル』とあわせて、噛み締めよう。
かんじよう。
おわり。
生きてる間に会ってみたかったなー。ナミさん。ありがとー。