マガジンのカバー画像

まいにち短編

21
1日ひとつ短編をお届けします
運営しているクリエイター

#物語

【まいにち短編】#19 キーホルダーが壊れる時

【まいにち短編】#19 キーホルダーが壊れる時

家の鍵につけていたキーホルダーが壊れた。

偶然かもしれないけれども、
昔からキーホルダーが壊れる時は何かしら嫌なことが起こっていた。

初めてできた彼氏と初めてのデートで買ったお揃いのキーホルダーが壊れた3日後にフラれた。
お気に入りのバンドのロゴが入ったキーホルダーが壊れた1週間後にそのバンドが解散した。

今回壊れたキーホルダーは、友人と一緒に温泉旅行に行った時に買ったものだ。
お揃いではな

もっとみる
【まいにち短編】#18 おやすみ、親知らず

【まいにち短編】#18 おやすみ、親知らず

親知らずを抜いた。

歯医者に行くまではネットの記事やSNSを見て恐怖に慄いていたけれど、
幸いまっすぐに生えていたので痛みも腫れもなく抜歯はあっさりと終わった。

けれども喪失感だけが残った。
私にとっては、心の痛みの方が辛かった。

「抜いた歯、どうしましょうか?こちらで処分しますか?」
「あ…いえ、持って帰ります」

さっきまで私だったもの。私の一部だったもの。私を構成していたもの。
でも要

もっとみる
【まいにち短編】#9 桃太郎がもしモモコだったら

【まいにち短編】#9 桃太郎がもしモモコだったら

昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

(省略)

おばあさんが持ち帰った桃の中から
まるでお人形のように目がくりくりしている女の子が生まれてきました。

名前をモモコと名付けました。
おじいさんとおばあさんは、モモコに愛情をたっぷり注ぎ、それはそれは大切に育てました。



モモコはたいそう責任感と正義感の強い女性に成長しました。
ある時、村では悪い鬼の噂が広まりました。

もっとみる

【まいにち短編】#8 生きていく場所

嫁に入った家から逃げ出した。
36歳にもなって、人生で初めての家出だ。

もうとにかく我慢ならなかった。
毎日毎日義理の母と独身の義姉に嫌味を言われながら
食事を作り、洗濯をして、掃除をして、また食事を作って、洗濯を取り込んで、買いもにに出かけて、食事を作って、寝る生活に。

愛があれば生きていけると思っていた。
旦那のためなら、どんなことでも我慢できるつもりだった。
けれど、歪みは歪なのだ。

もっとみる
【まいにち短編】#7 お酒のせい、あなたのせい

【まいにち短編】#7 お酒のせい、あなたのせい

「いい加減にしなさいよっ!」
バシッ。

後ろの席から突然耳に入ってきた違和感のある大きな声と音に、反射的に体が震えた。
火曜日13:15、ランチタイムのラウンジで感情をむき出しにしている人を見るのは初めてだったので
とてもびっくりしてしまった。

一体何事だろうか。つい、聞き耳を立ててしまう。
火事とか、事故現場とかに群がる野次馬たちのことをバカにできない。

「痛いな…何すんだよ…。まったく…

もっとみる
【まいにち短編】#6 記憶は彼方に

【まいにち短編】#6 記憶は彼方に

「あれ、夏帆?久しぶり!」

地元の本屋で買い物をしていると、突然声をかけられた。
1年ぶりの帰省だし、小さな街だからこういうことは珍しくはない。
しかし、声をかけてきた彼女の顔を見ても、「久しぶり」と言われる所以が思い当たらなかった。

誰だっけ。全然まったくこれっぽっちも思い出せない。
名前が一致しているあたり、私を私だと認識して声をかけてきているだろうから
知り合いか、友人かなのは確かだろう

もっとみる
【まいにち短編】#5 俺だけが推している彼女が好きだった

【まいにち短編】#5 俺だけが推している彼女が好きだった

終業のチャイムと同時に教室を飛び出す。
つまらない1日が終わった開放感で心地が良い。

休み時間は、ずっとイヤホンで耳を塞ぐ。本を読んでいるか、寝ている。
授業はたまにサボったりするが、成績のおかげか教師たちも特に文句を言わない。
そんな、退屈な毎日。

友達なんか、いらない。
いたって、どうせ裏切るから。

結局のところ、俺のことは俺しか愛せない。
そんなくだらないことを考えながら、だらだらと毎

もっとみる
【まいにち短編】#4 グッドバイ、線香花火

【まいにち短編】#4 グッドバイ、線香花火

きっと、これが人生で最後の花火になるだろう。

何故なら、花火を燃やしたときに発せられるガスの中に人体の健康を脅かす有害物質が含まれていることが新たな研究で発覚し
一斉に規制がかかった。
だから、これは人生で最後の花火で、ちょっとしたテロ行為にあたるだろう。
見つかったら逮捕されてしまうかもしれない。

「…綺麗だね。」
「うん、とても綺麗だ。」

闇夜に煌めく、赤や青の光。
隣に座る、最愛の彼女

もっとみる
【まいにち短編】#3 紫陽花の誘い

【まいにち短編】#3 紫陽花の誘い

腰の痛みで目を覚ます。

時計を見ると日付がいつの間にか変わっていた。深夜25:00。
話題になっていた韓国ドラマを観ようと意気込んでいたが、冒頭30分でどうやら途中で寝てしまっていたようだ。

ネタバレにならないよう、垂れ流されていたドラマを停止すると、部屋は張り詰めたような沈黙でいっぱいになった。
1LDKの部屋は、こんな時にとても広くて怖い空間のように感じる。

明日の予定は特にない。片付け

もっとみる
【まいにち短編】#2 金曜夜の十柱戯

【まいにち短編】#2 金曜夜の十柱戯

男性と二人っきりでボーリングなんて、26年生きてきて初めてだ。
これまで何人かと映画を見たり、美術館に行ったことはあったけれども、
ボーリングという選択肢を挙げてきた人はこの人だけだった。しかも飲んだ後に。

私も彼も、アルコールの匂いがほんのり香っている。
さっき食べた上品な魚たちは、今頃胃の中でワインと混ざってぐちゃぐちゃにされてしまっているだろう。
満腹感と少しの酔いで、眠気が襲ってきている

もっとみる
【まいにち短編】#1 香り

【まいにち短編】#1 香り

松茸って、大してそんなに美味しくないのに、この扱われ方は一体どういうことなんだろう。

スーパーで買い物途中、これでもかという位に貼られたPOPを見て、ふとそんなことを思う。

昔ばあちゃんが作ってくれた松茸のおこわを思い出した。

その時初めて食べた松茸は、醤油とみりんの味しかしなかった。

相当美味しいものだと母が言っていたので、とてもワクワクして口に運んだけれども、とてもがっかりしたことを覚

もっとみる