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【まいにち短編】#5 俺だけが推している彼女が好きだった

終業のチャイムと同時に教室を飛び出す。
つまらない1日が終わった開放感で心地が良い。

休み時間は、ずっとイヤホンで耳を塞ぐ。本を読んでいるか、寝ている。
授業はたまにサボったりするが、成績のおかげか教師たちも特に文句を言わない。
そんな、退屈な毎日。

友達なんか、いらない。
いたって、どうせ裏切るから。

結局のところ、俺のことは俺しか愛せない。
そんなくだらないことを考えながら、だらだらと毎日を過ごしていた。

彼女の歌を聴くまでは。

今日も今日とて教室を飛び出し、颯爽と帰宅する途中だった。
駅前でギターを持って、歌っている彼女から目を離すことができなかった。
久々に、イヤホンを外す。

決して上手とは言えないけれども、こんなに新鮮に、耳に、心に届く音は初めてだ。

彼女と目が合った瞬間、ウインクが飛んできた。
ああ、これは、恋だろうか。
灰色の世界が、一瞬で虹色に変わった。


それから、毎日彼女の歌を聴きに行った。
彼女は1日も欠かさずに、そこにいた。周りに観客は、俺以外誰もいない。

「毎日聴いてたって飽きるでしょ」と彼女は言うが、そんなことはなかった。
日々彼女は進化している。ギターの腕も、張りのある声も、確実に上達していった。
そんな些細な彼女の変化を見つめるのが、堪らなく心地が良かった。


「今度、ライブハウスでライブやるんだ。よかったら見にきてよ」
なぜか、胸がドクドクした。知らない場所に足を踏み入れる緊張からだろうか。
ひと呼吸置いて、「もちろん絶対に、何があっても行く」と返事をした。



彼女のライブ当日、ライブハウスには辿りつくことができなかった。
交通事故に遭い、そのまま病院に運ばれた。
結果的に彼女を裏切ってしまった。最低だ。彼女に合わせる顔がない。

大好きな彼女に、嘘をついてしまった。
俺も、俺が嫌いな奴らと一緒だ、と思った。

どうしてだろう、申し訳ない気持ちでいっぱいのはずなのに、
どこかで安堵している自分がいた。

もう二度と、彼女には会えないだろう。




あれから5年が経ち、俺は社会人になった。
大学に進学をしてから、それなりの経験をした。今は彼女も、友達もいる。
あの頃よりは、ちょっと毎日は充実していると思う。

街の交差点でふと上を見上げる。
大きなモニターの中で、あの頃よりも綺麗になった彼女がギターを抱えて歌っていた。

よかった、夢を叶えたんだ。

CDショップを横目に、僕は颯爽と街並みに呑まれていった。

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