うつ病浪人生
最近は寒さのせいか、布団の重みか、体がぐにゃりと溶けるように眠れる。
先月は寝ようと寝ようと躍起になっているうちに空が白んでいって、焦燥感が半端じゃなかった。
目覚めた瞬間から、脳みそがパンパンに詰まっている。
知識が詰まっているのではない、自分の苦しみが凝縮されて脳をむしばんでいるのだ。
まるで、中身がかっすかすなリンゴのようだ。
昔、どうしてもリンゴが食べたくて季節外れだったがスーパーに買いに行った。
所謂良いリンゴとは艶も違えば重さも違う。口にれると、モサモサとした嫌な感触がした。
中身が詰まっていないわけではない。むしろぎゅうぎゅうに詰まっている。でも価値のある中身ではなく、「りんご」と言う名前の別の何か。
私は、そんな脳みそなのである。
夜が明けると、また「別の日」が始まる。時計はずっと進み続ける。私だけずっと同じ場所にいる。
脳みそが酸欠なのかもしれない。頭に常にもやがかかっている。勉強を始めても、すぐもやが脳内をジャックする。脳みそにキレがない。脳みそがパクパク口を開けている。酸素か、何が必要なんだ。
友人は「勉強して受験を終わらせて家を出ろ」と言うけれど、鬱たらしめる要因の一つが勉強だから、堂々巡り。
ずっと、自信が欲しかった。
自分が失敗作じゃない確たる証拠が欲しかった。誰がどう見たって失敗じゃないって。
難関大学合格者を多数輩出する進学校(?)だったのも相まっていたのかも知れない。
気づけば自分は理三を第一志望に掲げていた。
念願の高校に合格した翌週、すぐ入塾した塾には中高一貫教育で爆速で進む人しかいなかった。
恩師に出会った。森千紘先生に出会った。この先生に認められたくて、周りに追いつきたくて必死に勉強した。
いざ高校に入学してみると、周りはみんな化け物。自分の取柄である英語ですら霞んでいた。
焦る。学校がある日でも7時間以上必ず勉強した。
思うように伸びなかった。
ただひたすらにがむしゃらに走り続けた。
全統模試では偏差値が68より上に行くことはなかった。恐々と受けた高2の駿台模試では理三D判定。前が見えなかった。
高校の成績も真ん中より少し上くらい。
追い詰められている気がしていた。このあたりから日本語が理解できなくなってきていた。何度同じ文章を読んでも脳内に入ってこなかった。高校受験では現代文が一番得意だったのに。これが理由で一度考えた文転を諦めた。先生に指名されても、答えがわかっているのに言葉が出てこないことが増えてきた。言葉を話そうとしているのに意味の分からない文字列のようなものしか出てこないことが増えた。教室にいるのが怖くなった。教室の扉を開けるのが何よりも怖かった。
化学の質問に行った時、授業を担当してくださっていた先生にこの苦しさを吐き出した。先生は困った顔をして「あと偏差値が5低い学校だったらトップだったな」と言った。「理三に行きたいんです」そう泣きつくと、同じ教室にいた年配の先生は優しい顔をして「どうしても理三じゃなきゃ駄目なのかい?」と聞いてきた。わからなかった。
意外とあきらめるのはあっさりとしていた。
あの頃に限界を迎えていたのかもしれない。
よし、やめよう。現役で入れるところに行こう。急にそう思ったのだ。
そして、そのころにはもう脳みそがカッスカスなリンゴになっていた。