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ビジネスで忌避すべき文章
文章を書くことに苦手意識を持つ人は多いものです。
しかし、ビジネスでもプライベートでも文字コミュニケーションが必要なシーンは、ますます増える一方です。そもそも会話だけですべてのビジネスが成立する業界というものは多くありません。ビジネスにはほぼ100%どこかで文書化が求められます。
インターネットが普及した今でも、動的表現(映像や音声)より静的表現(文字や絵)の方が普及率が高いと言われています。
ゆえに、もし"書くことで表現できる力"があれば強い武器になります。
ではどうすればいいのか?
小説やエッセイではなくビジネスである以上、必要な文章を“速くわかりやすく書く”のに文才は必要ありません。必要なのは
初歩的な知識とテクニック、そして習慣
です。
まず、目的を明確にしましょう。
文章作成において、明確に打ち出すべき目的、それは
読む人全員が同じ解釈となる
です。
これはビジネスにおける最低条件です。この条件を満たさなければ、必ず誰かと誰かのあいだで『認識齟齬』が発生します。この認識齟齬が発生するとビジネスは失敗の一途をたどります。
読みやすいかどうかといった見た目の課題は二の次、三の次です。どんなに読みやすくても、読み手100人いたら100通りの解釈がある…では困るのです。
対面や電話で話すのは得意なのに、文章になるとなぜか自分の言いたいことが伝わらないという人がいます。そういった、文章に苦手意識を持っている人に話を聞くと過去に自分が書いた文章を意味不明と言われたとか、内容を誤解されてトラブルになったという経験のある人が多いようです。
ビジネスにおける文章では、受け取る人によって異なるイメージを抱く「あいまいな表現」「抽象的な表現」を可能なかぎり避けるのがポイントです。具体的には、
形容詞
副詞
指示語
ビッグワード
の4つが、あいまいな表現の典型例です。
特に私が25年以上在籍していたソフトウェア開発…いわゆるIT業界で作成するドキュメント類、仕様書、設計書、テスト仕様書などではこれらのあいまいな表現を多用することで大きな欠陥や不良、さらにはトラブルを引き起こした事例を嫌というほど目の当たりにしてきました。
そのたびに「形容詞」「副詞」「指示語」「ビッグワード」を排除するよう耳にタコができるほど指摘、改善を促してきたのですが、残念ながらいまだに業界あるいは企業組織のなかから排除されることはありませんでした。
そのせいでいまだに認識齟齬やコミュニケーション不良によって手戻りコストがいつまで経っても消えず、利益率が向上しないという問題が相変わらず蔓延しています。
そうした問題も、ビジネス文書からこれら4点をできるかぎり排除するとグッと伝わりやすくなります。
これらの「形容詞」や「副詞」「指示語」「ビッグワード」は誰が読んでも同じように伝わる表現に置き換えていきましょう。この作業によって相手によっていろんな解釈をされるいわば"ふわふわ浮ついた文章"から、誰もが同じ解釈をしてくれる"きちっと固定された文章"にするのです。
この作業をするだけで文章が明確になり、誰が読んでも誤解なく伝わる文章になります。
「形容詞」「副詞」は数値化する
初めてビジネス文書(議事録)を作成するとき、上司から「形容詞はいっさい使うな」と言われたことがあります。会議体の中ではバンバン使ってるんですけどね。それをそのまま記述することを禁止されました。
今ならその意味も分かります。
たとえば、「美しい」「かわいい」などの形容詞は人によって受け取り方がまちまちになるあいまいな言葉です。ファッション誌であれば夢やあこがれを提案する媒体なのでそれぞれの読者が思い思いにイメージをふくらませてもいいのですが、ビジネス文章では受け取る相手によって解釈が変わる文章はトラブルのもととなります。
そもそも形容詞はものを形容する際に用いる言葉ですが、この「形容」というのはその言葉を表す人の主観によって定まります。主観である以上、AさんにはAさんの、BさんにはBさんの感じ方や価値観があります。当然、ほかの人にとっても同じとは限りません。
ゆえに形容詞はビジネス文書にはご法度なのです。
もちろん、解釈の幅を逆手にとった戦略や意図があって使う人もいるので必ずしもすべてが悪いわけではありません。
しかし、これから集客するために使うと言うのであればまだしも、同じ会社の仲間に使うものではありませんし、既存顧客の信頼を損ねるようなことをしても意味がありませんので通常は控えるのが鉄則です。
また、形容詞だけではなく「静かな」「親切な」などの形容動詞も人によって解釈が変わるあいまいな言葉が多いので、できるだけ避けましょう。
メールや企画書の中で、
「『すぐに』提出します」
「『強い』インパクトが期待できます」
などの言葉を使っていたりしませんか。
「すぐ」も「強い」も主観的な言葉で、人によってとらえ方が変わります。
ですから、これらの言葉を、誰が読んでも誤解がない文章に変えていきます。
先ほどの例でいうと、
「『すぐに』提出します」→「今週金曜日の正午までに提出します」
「『強い』インパクトが期待できます」→「昨年比3割増の収益を見込んでいます」
などの数値に置き換えて、誰が読んでも同じとらえ方ができる文章にします。
同様に、「人気のレストラン」であれば、
「2017年上半期のA社の口コミランキングで、エリア2位の人気レストラン」
「3カ月以内の予約は100パーセント取れない人気のレストラン」
などと数値を交えて書きます。このように数値で説明することで、書き手と読み手の間にある「人気」という言葉に対する受け取り方のズレを防ぎましょう。
また、必ずしも数字に置き換えられない感覚的な言葉を扱わなくてはならないときもできるかぎり「具体化」します。
具体化するときは、5W1Hを意識します。
いつ
どこで
なにを
だれが
なんのために
どのように
のいずれかを明確にすることで、読む人が理解しやすくなります。
お客さまの「もうちょっと使いやすく」とか「いい感じのセンスで」などの感覚的な言葉を、開発者に対して「翻訳」するのに苦労することも珍しくありません。
このような場合も、5W1Hを意識して、できるだけ具体化します。
たとえば、あるお客さまが「連絡をうけたら速やかに作成して展開する」と言った言葉を、
メールを受け取り次第(When)
○○指示書に(Where)
当日の作業に関する指示を(What
およそ2時間単位の粒度で(How much)作成します。
指示が確実に伝わったことを確認するために(Why)
回覧形式で確認印を押印してもらい(How)
回覧結果はサーバに記録管理する
と書いたこともあります。前者にくらべて後者のほうが読みにくくはなりましたが、読む人がその動作を再現できる確率が高まるはずです。
たまにメールなどで
「〇〇の件、よろしくです」
なんて文章を見てしまうと非常にガッカリした気分になります。30歳になっても、40歳になっても、50歳を過ぎても変わりません。その『よろしく』のたった一言のなかにどれだけの甘えた感情が盛り込まれているのかと思うと心底相手にしたくなくなります。
指示語の多い文章はわかりにくい
次に「こそあど言葉」と言われる指示語です。
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これ、それ、あれ、どれ、などの指示語は、日常会話の中ではよく使われます。
対面で話すときに「こそあど言葉」を使うとしても、会話にズレが起こることはほとんどありません。それは「こそあど言葉」を用いる前に、その指示語が何を指しているか予め意思疎通してしまっているからです。
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これは英語でいうところの「関係代名詞」に相当します。
しかし文章の中では、指示語が何を指しているのかを見分けようとすると国語スキルが必要で、一般的には非常にわかりにくく、そのために文章の意図が伝わらなくなるケースをよく見かけます。
上記のような使い方をしている場合のみ、指示語による認識齟齬が起きにくくなることはありますが、それでも聞くもの・読むものの読解力に依存してしまう点は変わりません。コミュニケーションの質に大きなリスクを伴うのです。
小説など、情緒が求められる文章であれば別ですが、全員に同じ読解・認識をしてもらいたいビジネス文書では可能なかぎり、指示語を排除して言い換えるクセをつけましょう。
「ここからわかるように~」
→「図1で示したグラフからわかるように~」
「その点につきましては現在調査中です」
→「指摘いただいたサーバーの不調につきましては現在調査中です」
「こちらサイドとしましては、それで問題ありません」
→「クライアント様も弊社も、午後8時終了の予定で問題ありません」
などのように「これ」「それ」「あれ」が何を示しているのかを具体的に言い換えましょう。
「ビッグワード」にも注意
最後に、「ビッグワード」についても触れておきます。
ビッグワードとは、言葉の解釈の範囲が大きすぎて受け取る人によって印象が変わってしまう言葉を指します。この「ビッグワード」もビジネス文書の中でできるだけ使わないほうがよい言葉のひとつです。
ビッグワードは基本的に「何も言ってない」のと同じと思っておくといいでしょう。
たとえば、「最適な解決策」「迅速な処理」などの言葉は何かを伝えているようでいて、実は何も伝えられていないビッグワードの典型です。「最適」とは何を基準に最適と判断するのか、「迅速」とはどれくらいの速さなのか、などを明確にすることによってはじめて読む人にとって意味のある文章になります。
ニュアンスは伝わるかもしれませんが、粒度は荒く、認識が正確に一致することはないでしょう。
特に企画書や提案書などでは、耳当たりのいいビッグワードを並べてしまいがちですが、そのような企画書や提案書には「実態」がありません。実態がないだけではなく、解釈があいまいなままプロジェクトが進むと、結局効果があったのかなかったのか判断する指針もなくなってしまいます。
これらのビッグワードを、誰が読んでも同じ解釈にたどり着く言葉に置き換えていくと、伝わり度がぐっと変わってきます。
もし自分が書いた文章の中にビッグワードを見つけたら、そのビッグワードが何を指すのか自分なりに定義付けした言葉に置き換えましょう。これが自分の中でしっかりと定義づけできていれば文章を平易化するために、ビッグワードを用いても困ることはありません。
上司やお客さまに「これは具体的に何を意味するのか?」と聞かれても即答できるからです。
たとえば、「問題の解決」であれば、
問題:「1割の商品に納品の遅れが生じていること」
解決:「すべての所品が納期の3日前には検品完了していること」
などと定義するのです。
「社内コミュニケーションの充実」であれば、
「社内コミュニケーション」→「部署間を超えた交流」
「充実」→「ミーティングへの全員参加」
などと具体化します。
具体化とは、すなわち"理解する"ということです。
具体的に表現できるということは"理解している"ということです。
よって、「具体的には?」と聞かれて即答できない人は、少なくとも問われている命題に対して、中身が空っぽであることを意味します。これでは上司やお客さまから信頼を勝ち取ることも難しいでしょう。
このように、ビッグワード(広義の言葉)を細かく砕いてスモールワード(狭義の言葉)に定義し直すことによって、誰が読んでも誤解のない文章になるのです。それができて初めてビジネス(お客さまや同僚・上司等、他人と協働すること)が成立するのです。
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