物語より演技の方が良い / 「英国王のスピーチ」
イギリス王ジョージ6世は吃音だった、という地味な事実を世界に知らしめた2010年の映画が「英国王のスピーチ」だ。ジョージ6世とは後の女王エリザベス2世の父親であり、在位期間がチャーチル首相と重なるため、いろんな映画やドラマで描かれてきた。2017年の映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」にも登場している。
さて、吃音とは stammer 、要するに"どもっている"ことだ。スピーチやラジオ演説などをする機会の多い国王(コリン・ファース)が吃っていては話にならないということで、国王はオーストラリア出身のライオネルという男(ジェフリー・ラッシュ)の"治療"に頼っていたという史実をもとにしたフィクションである。こうした映画を公開するとバカの一つ覚えのように「史実とは異なる」と反応する連中がいるのだが、そういう人はゴッホの描いたひまわりを見て「ひまわりとは異なる」と言うのだろうか。映画はスクリーンのなかの絵空事なのだ。
この映画は国王とその妻エリザベス妃(ヘレナ・ボナム=カーター)、そしてライオネルの3人の物語であり、第二次世界大戦の開戦を国民に告げるラジオ演説に向けて頑張りましたーー、というだけの、シンプルな話である。円熟してきたコリン・ファースの魅力に支えられた作品だ。1996年の映画「イングリッシュ・ペイシェント」で妻を寝取られる男を演じて有名になり、最近では「キングスマン」のシリーズ作でも人気の俳優である。しかし僕は、本作でチャーチル首相を演じたティモシー・スポールを褒めたい。チャーチルの独特の発音といい声色といい、そっくりである。目を閉じればチャーチル本人かと思うほどだ。スポールは数多くの映画に出演している名優であり、このnoteの記事にした映画でいえば、「シェルタリング・スカイ」でバカなマザコンのエリックを演じていたが、世間では「ハリー・ポッター」シリーズのピーター・ペティグリューを演じている俳優として認知されているだろう。こういう演技の上手い俳優がゾロゾロと登場するので、イギリス映画は質が高いのだ。
「インセプション」「ソーシャル・ネットワーク」など同期のノミネート作品を抑えて「英国王のスピーチ」はアカデミー賞の作品賞を受賞したが、実はこの前年からアカデミーはシステムを変えている。2009年から作品賞の候補作を"10本前後"に変えたのだ。もう末期症状である。映画の質がどんどん下がっているのに作品賞の候補作を5本に絞れないなんて、ノミネートを増やして会場の関係者と視聴率を増やそうという魂胆しか見当たらないのだから、自分たちで賞の価値を下げたようなものだ。2015年以降の悪口は以前書いたので、2009年から2014年までをおさらいしたい。後日、21世紀の作品賞が一覧になるはずだ。
2009年「ハート・ロッカー」
「ゼロ・ダーク・サーティ」など米軍賛美のプロパガンダが得意なキャスリン・ビグロー監督こと"ジェームズ・キャメロンの嫁"の駄作。ジェレミー・レナーがチャラく爆弾を処理する様子に当の米軍からも「ナメてんのか」と怒られる始末。キャメロンの嫁は果たしてどんなハリウッドの闇を握っているのか。これなら「イングロリアス・バスターズ」が受賞すれば良かった。
2010年「英国王のスピーチ」
2011年「アーティスト」
サイレント映画って懐かしいよね、と言いたいことは分かるものの、21世紀の作品賞がモノクロで良い訳がない。テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」が難しかったのなら「ヒューゴの不思議な発明」か「マネーボール」にでもあげればよかった年。
2012年「アルゴ」
ベンだから許せるものの、ただのCIA応援歌。コメディ調で楽しく鑑賞できるポップコーン映画の代表格だが、作品賞というからには「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」や「世界にひとつのプレイブック」の方が適切だろう。「ハート・ロッカー」といい、一昔前のハリウッドでは考えられないほど"権力"に阿る映画が評価されている。
2013年「それでも夜は明ける」
凡作ではないものの、やはり力不足。僕は「ダラス・バイヤーズクラブ」が好きだが、作品賞には「ウルフ・オブ・ウォールストリート」を推したい。レオ様のシャブ中の演技は迫真だったし、物語も面白い。ちなみに「それでも夜は明ける」という邦題がふざけているということは以前書いた。
2014年「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
レイモンド・カーヴァーの小説が元ネタだし、ブロードウェイが舞台だし、マイケル・キートンは熱演してるし、ワンカットみたいな編集はすごいし、イニャリトゥ監督は"なんかすごい"からあげちゃおう、というノリ。もちろん本作はよく出来た映画だが、おそらくアカデミー会員の90%以上はよく分からないまま"他のノミネートはイマイチ"と投票したはず。僕はイニャリトゥ監督のファンだが、作品賞は「グランド・ブダペスト・ホテル」で良かったと思う。
ところで、本日からしばらく名作だけを選んで記事にしたい。アカデミー賞に関わる作品は有名なぶんアクセスも多めなのだが、いかんせんエンタメに過ぎる。