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フェロモン作品賞 / 「グラディエーター」

ソードアンドサンダル(sword-and-sandal)という表現がある。これは映画のジャンルのうち、神話や古代文明の頃を素材にした作品を指す言い回しだ。古い映画の名作、たとえば「ベン・ハー」や「十戒」「ヘラクレス」シリーズなどは典型的なソードアンドサンダルに当たる。言わば白人にとってのNHK大河ドラマだ。かつては人気のあるジャンルだったものの、ギャング映画やSFなど多様なジャンルの作品が制作されるようになるとハリウッドでも廃れていたのだが、リドリー・スコット監督の2000年の映画「グラディエーター」が大ヒットしたことにより復活し、「トロイ」や「キング・アーサー」「300〈スリーハンドレッド〉」など多くの後続が公開されている。
この作品は、前回の記事「スタンド・バイ・ミー」で主演したリヴァー・フェニックスの弟、ホアキン・フェニックスの出世作である。ホアキンの野心に満ちた皇帝コモドゥスの演技は、主演のラッセル・クロウの迫力にも負けていなかった。俳優にとって大切な要素は、雰囲気、迫力、カリスマ、フェロモンだと思う。いくら演技が上手くても、ある種のエネルギーを感じられないと印象に残らない。ラッセル・クロウなんて雰囲気の塊である。いろんな感情が同時に発露しているように感じられる俳優は決して多くない。
さて、こうした映画はNHK大河ドラマと同じくエンターテイメントだから、史実との違いを指摘することに何の意味もない。とはいえ、さすがの僕も劇中で Cicero と呼ばれた登場人物が出てきた時は「キケロがなんでいるんだよ」と耳を疑ったが、これは野暮な反応である。"ローマ帝国っぽい"ことが重要なのだ。NHK大河ドラマの視聴者の大半は日本史の知識がほぼ皆無であるように、「グラディエーター」のようなソードアンドサンダルの観客はローマ帝国について何も知らないのだから、衣装や小道具、そしてCGによって壮大な景色をスクリーンに映し出し、現代の"パンとサーカス"(panem et circenses)を観客に与えれば良いのだ。
リドリー・スコット監督はコマーシャル業界の出身なので、こうした映像を美しく、かつスタイリッシュに撮ることが上手い。特に光の使い方が見事だ。薄暗いテントの中から陽光降り注ぐコロッセオのシーンまで、陰陽がはっきりしている。物語も極めて単純なので、誰もがマキシマスがんばれと思うように仕上がっている。まさにサーカス、すなわち剣闘士(グラディエーター)の闘いである。
リドリー・スコット監督はラッセル・クロウを気に入り、本作の後にいくつかの映画で主演に起用した。今月から続篇に当たる「グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声」が劇場で公開されているが、本作に出演していないラッセル・クロウは続篇の制作には反対していたらしい。それはそうだろう、「グラディエーター」はマキシマスの死によって閉じた話なのだから、その続篇なんて「男たちの挽歌Ⅱ」と同じく、ビジネスでしかない。近頃の映画ブログは「グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声」を必見だの興奮だの傑作だのと騒いでいるが、まさにコロッセオで騒ぐ観衆そのものである。僕は映画館にちっとも足を運んでいないので、「グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声」を観に行こうかなァ、と考えているところだ。
ともあれ、「グラディエーター」はポップコーン片手に大いに楽しめる映画だ。ソードアンドサンダルの復活だという祝福によってアカデミー作品賞を受賞したが、これはラッセル・クロウのフェロモンのおかげだろう。

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