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ケンタッキーを食べすぎた話し方 / 「ナイブズ・アウト」

どこの国の言葉にも方言があるように、アメリカ英語にも訛りがある。
「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」を観たとき、ダニエル・クレイグ演じる主人公のブノワ・ブランの英語を聞いて強い違和感を覚えたのは、それが南部訛りだからだった。アクセントコーチを付けて練習したそうだ。
南部訛りを大雑把に言えば、テキサス州からノースカロライナ州にまたがる地域で話されている方言で、イギリスから移民した当時の英語の面影を残しているという。母音を長めに伸ばしたり、rの発音が抜け落ちるなど、その特徴は確かにイギリス風である。
また、Benoit Blanc (ブノワ・ブラン)という名前はフランス系であり、アメリカでかつてフランス領だった地域はミシシッピ川の流域なので、おそらくルイジアナ州あたりの出身なのかな、と想像がつく。
劇中でもクリス・エヴァンス演じる犯人から、ブノワが話し出すと"Kentucky Fried foghorn leghorn drawl!"と悪態をつかれていた。この発言を字幕の範囲内で日本語に翻訳することは不可能だ。フォグホーン・レグホーンとは、ルーニー・テューンズというアニメに登場するニワトリのキャラクターで、drawl とは南部に特有のゆっくりした話し方を指す。また、フライドチキンは南部の黒人奴隷たちのソウルフードだ。あえて訳すなら"南部でケンタッキーを食べすぎた話し方め!"だろう。
多くの南部出身者がインターネットで"ブノワ・ブランの訛りはどこの州だろう"と言い合っている。もちろん結論などない。これも映画の楽しみ方の一つだ。
ダニエル・クレイグはジェームズ・ボンドという役のイメージがつくことを嫌って、シリーズの撮影の合間にはくだらない映画に出演していたが、このブノワ・ブランという役を演じることは楽しんでいるように見える。イギリスはコナン・ドイルとアガサ・クリスティの国なのだから、探偵を演じることはイギリスの役者にとってこの上なく名誉なことだろう。
余談になるが、こうして外国語の方言を聞き取るくらい"耳が良い"と、僕はどこの国の人と話していても褒められるのだが、父と母が異なる方言を話す家庭だったからだろうか。いずれにせよ、便利である。面白いのは、日本人と話していても、相手が舌足らずな発音をすると外国語に聞こえてしまい"え?"と聞き返すのだが、そうしている間に聞こえた音を脳の中でもう一度再生して"あぁ"と理解するので、相手が話をし直している最中に返答をして"聞こえているじゃないか"と怒られることがしばしばある。きっと脳の中でいろんな言語のチャンネルが開きっぱなしなのだろう。

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