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名優マシューの代表作 / 「ダラス・バイヤーズクラブ」

1992年、ダラス・モーニングニュース紙にロン・ウッドルーフというエイズ患者の記事が掲載された。この記事を読んだ脚本家が本人に会いに行き、インタビューを重ねて書き上げたものが2013年の映画「ダラス・バイヤーズクラブ」である。脚本が仕上がってからずいぶん時間が経った理由は、制作会社の倒産や資金難のためだった。こういう"地味"な映画よりMARVELのような作品を出したいのはビジネスなら当然のことだ。製作費はたったの5百万ドルである。
エイズに感染してしまったロン(マシュー・マコノヒー)は治療薬として有効な可能性のあるAZTを使用しようと試みるも、まだ未認可であった。おまけに毒性の強い薬であることが分かり、代替となるペプチドTを入手すると、それをアメリカ国内の患者たちに渡すための組織"ダラス・バイヤーズクラブ"を立ち上げる。するとアメリカ食品医薬品局(FDA)はAZTを認可し、多くの患者がそれを服用するようになり、ロンたちは摘発されてしまう。そこでロンはFDAを相手取り、毒性の強いAZTを認可したことを非難し、ペプチドTを承認するよう裁判を始めるーー、という、"ほぼ事実"の映画である。
こうした"個人vs大きな組織"という映画はアメリカで受けやすい。なぜなら、アメリカは多くの人たちが警察や行政、大企業を信用していないからである。そしてその問題点をハリウッドも「セルピコ」や「エリン・ブロコビッチ」など多くの映画を通して観客に伝えている。こうして public という意識が育っているので、全米各地では貧困や移民など喫緊の課題に限らず、多くのデモが行われる素地になっている。"クソ上司"をやっつけるドラマの大好きなどこかの列島とは大違いだ。
マシュー・マコノヒーという俳優は、肩の力が抜けたような演技をしつつ、迫力がしっかりと伝わってくるので好きだ。「評決のとき」(1996)で大人気になり、それ以来多くの作品に出演してきたが、いわゆるハズレの少ない俳優である。「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」(2008)ではエージェント役でコメディの才能も発揮したし、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013)での怪しい先輩トレーダー役もハマっていた。世間では「インターステラー」(2014)の印象が強いのかもしれないが、僕は「ダラス・バイヤーズクラブ」での演技を推したい。テレビドラマ「TRUE DETECTIVE」シーズン1での"ラスト"ことラスティン・コール役も非常に良かった。
テキサス州のユヴァルディという田舎町の出身で、2022年にこの町の小学校で銃の乱射事件が発生するとマシューはすぐにホワイトハウスへ行き、銃規制を訴える会見を開いた。メガネをかけて手元の資料を時に見ながら一生懸命に訴える姿は、本人の人となりをよく表していると感じた。俳優や映画監督、歌手など、いわゆる有名人が政治や社会に関わるメッセージを出すこともアメリカの良いところだ。そうすれば、みんなで考えるキッカケになるからだ。どこかの国は"申し訳ございません"と"再発防止"で事を済ませるから、誰も思考しないバカ列島になった。社会を変えようというメッセージを発信するとテレビから干されると漏らしたタレントがいたが、そんなテレビは見なければいいのだ。見なければ視聴率が下がり、広告収入が下がり、テレビは変わる。テレビをつけている限り、客であることに変わりないのだ。客がいる限りメニューを変えるレストランはないだろう。MCUもDCEUも、客が観にいくから次々と作るわけで、それがビジネスだ。
「ダラス・バイヤーズクラブ」は結局数千万ドルの興行収入を上げ、マシュー・マコノヒーが主演男優賞、ジャレッド・レトが助演男優賞に輝いた。ビジネスにならないんじゃないかと思われた作品がこうしてヒットすると underdog story として気持ちの良いものだ。
ちなみに、マシュー・マコノヒーが様々の会見やインタビューで使用して本人の代名詞ともいえる"Alright, Alright, Alright."という言い回しは、デビュー作でのセリフである。主演していると観たくなる、数少ない俳優の1人だ。

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