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ヌーヴェル・マルタの鷹 / 「勝手にしやがれ」

C'est vraiment dégueulasse.
(反吐が出るぜ)

Michel

ふざけた邦題ランキングの首位を独走している映画といえば、間違いなくジャン=リュック・ゴダール監督による1960年の「勝手にしやがれ」だ。この作品の原題は À bout de souffle であり、これはフランス語で"息切れ"を意味する。だから英語での題名は Breathless だ。いったい何が勝手にしやがれなのか。
冒頭に掲げた写真のように、本作の主人公ミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)は、前回の記事で扱った「マルタの鷹」のサム・スペード、すなわちハンフリー・ボガードを崇拝しているという設定である。以前にも書いたように、ヌーヴェルヴァーグというフランス映画の流行は"アメリカっぽい"ことが重要な要素だったので、本作はいろんなフィルム・ノワール、つまりハードボイルド映画をオマージュしている。それならただのパクリに過ぎないのに、なにが本作をここまで有名にしたのか。
主要な登場人物は、主人公ミシェルとアメリカ人の学生パトリシアの2人だけだ。ミシェルは快活に狼藉をはたらき、まるでサイコロを振るように行動していく。パトリシアはそんなミシェルを匿いつつも、あくまでも小市民である。ニューヨーク・ヘラルド・トリビューンを売り歩きながらジャーナリストを目指している。犯罪者と小市民というカップルとして捉えることもできるのだが、この物語はニヒリズムをテーマにしていると考えた方が良い。
フランスではカミュやサルトルが活躍し、既成の価値はほぼ失墜して新たな思想の潮流が生まれていた。映画もまた変わらなければならない、と意気込んで、ゴダール監督は主人公ミシェルの性格を"斬新"にした。すなわち、呆気なく殺人を犯し、あてもなく逃走するという、既成の主人公らしからぬ男だ。ハンフリー・ボガードを気取り、タバコをいつも咥え、そして何か理由や思想があるわけでもない。こうした主人公はジャン・ルノワール監督の作品に登場するような男とは異なり、戦後のフランスにおいて街中の喧騒や思想の対立などから離れた"根無草"のように映る。僕はこの、無鉄砲な男が女を連れて逃げるという構造は、本作の2年前に公開されたルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」におけるルイとヴェロニクの姿だと考えている。すなわち、あのルイとヴェロニクだけを取り出してリミックスした物語が「勝手にしやがれ」だ。これを指摘している人はおそらくほとんどいないと思うのだが、きっと"天才ゴダール監督!"などとコピペしすぎて見逃しているのだろう。

さて、ミシェルの根無草とは、ニーチェ以来のヨーロッパの思想における持病のようなニヒリズムを表している。倫理もなく、矜持もなく、金もなく、サム・スペードという"幻想"を崇めるだけの登場人物だ。つまり浮世離れしていて、観客とは程遠いところにいる、文字通りの"登場人物"である。およそ現実感はない。そんなミシェルが行き当たりばったりにパリの街を『オデュッセイア』よろしく彷徨い、結局パトリシアに愛想を尽かされ、"息切れ"して路傍に倒れる姿は、我々はどこまでも小市民でしかなく、ニヒリストにすらなることはできないという現実を見せている。二度の世界大戦を経てフランスに平和が訪れてみれば、もうアルジェリアに出兵している始末であり、パリの街はパトリシアのような外国人で溢れ、金が行き交い、すっかり"規格化"された世の中である。この規格に対して反抗しようにも、そんなバカはミシェルしかいない、つまり誰もいない、ということが C'est vraiment dégueulasse. という訳である。
ジャンプカットがどうの、と技法の話ばかり取り上げられる作品だが、どうみても過大評価である。先行するルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」の方が良い。ただ、ルイ・マル監督はカイエ派、いわゆるヌーヴェルヴァーグの連中とは関係なく映画を撮っていたし、後にフランスを離れてアメリカに移住した監督なので、あまり持ち上げてもらえないのかもしれない。
しかし、ミシェルという主人公の造形だけは良かった。あるいはジャン=ポール・ベルモンドのお蔭かもしれない。僕はヌーヴェルヴァーグという流行をあまり評価していないが、「勝手にしやがれ」より他に良い作品はある。このnoteですでに取り上げた作品でいえば、クリス・マルケル監督の「ラ・ジュテ」(1962年)やアニエス・ヴァルダ監督の「5時から7時までのクレオ」(1962年)などだ。

やけにフランスのものが高く評価されてしまう風潮は、日本人の持つパリへの憧れのせいであり、また仏文科の連中が我が国の言論村でデカい顔をしてきたせいである。どう考えてもイタリア映画の方が遙かに良いと感じるのだが、アートを好む人は少ない、という現実があるので、セリフだらけのゴダール監督の映画を観て"珠玉!"と言うくらいが多くの日本人にとってちょうどよいのだろう。

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