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どこ見てるんですか / 「アメリカン・ビューティー」

You have no idea what I'm talking about, I'm sure. But don't worry... you will someday.
(僕が何を言っているのか分からないだろ? でも心配しないで、そのうち分かる)

Lester Burnham, "American Beauty"

人は本当は何を望んでいるだろうか。
みんなが欲しがるから、欲しがっているだけではないのか。
こうした問いは世の中がどんどん物や思想で埋まっていくにつれて膨らんできた。平凡なアメリカ人の奇妙な心を描いたとされる1999年の映画「アメリカン・ビューティー」は、ブラック・コメディとしては異例のヒット作となり、翌年のアカデミー賞で作品賞を受賞したが、本作もまた、多くのアメリカ人が抱えている"夢"の中身を皮肉で描いたものだ。
主人公かつ物語の語り手となるレスター(ケヴィン・スペイシー)の妻キャロライン(アネット・ベニング)はキャリアや金に執着し、いわゆる"成功"に固執している。娘のジェーンの友人アンジェラは"モテること"や"目立つ女"であることに執着し、隣家に越してきたフランク(クリス・クーパー)は"男らしさ"を体現することにこだわるあまり、息子のリッキーと良い関係を築くことができない。
こうした登場人物たちのなかで、実はレスターが最も平凡である。レスターは長らく務めた広告会社をクビになり、ファストフード店でアルバイトを始めるのだが、欲しかったクルマを購入したり、人生を楽しむようになる。アンジェラという未成年の女に惚れた点が問題であるものの、しかし手を出すことをしなかった。
キャロラインは同業の成功者バディと不倫をし、映画の最後に至るまで"成功"に焦点が合っていて、目の前の家族を見ようとはしなかった。育てているバラ"アメリカン・ビューティー"は、その成功のメタファーである。
フランクは"男らしさ"のあまり息子を勘当し、ついに己の秘密を知ったレスターを射殺するに至る。つまり、フランクは映画の最後まで自分自身を見ようとはしなかった。
しかしアンジェラはレスターに処女であることを告白し、心の内と向き合った。つまり、この映画はアメリカの若い世代こそが世の中の価値を変えていくことを期待した作品なのだ。レスターは結局射殺され、you will と観客たちに告げることで、本作の主人公にして狂言回しの役を終えたわけである。ジェーンとリッキー、そしてアンジェラという未成年たちが、新たなアメリカの beauty を作って欲しいというメッセージである。これは20世紀のほぼ最後に発表された、アメリカン・ドリームの終焉を描いた映画だ。劇中で、本作の前年にレニー・クラヴィッツが発表した American Woman が使用されていたが、この歌の歌詞は"アメリカ的"なものを拒否する男の独白である。
それぞれの登場人物があまりにもご都合主義に配置されていて、ちょっと設計しすぎである点が気になるものの、このくらい分かりやすい方が映画の主旨が伝わりやすいことも事実だ。
"30歳までに結婚"とか、"コーチの財布が流行っている"とか、"世間体が云々"などと、いつも周りのことばかりを判断の材料にしている日本人は、こうした映画を観て、自分がどこに焦点を合わせて生きているのか、本当に目の前の人物のことをちゃんと見ているのか、少し考えてみると良い。

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