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心はなかなか癒えないもの / 「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
「ブロークバック・マウンテン」にアカデミー作品賞をあげなかったことがトラウマになったのか、Black Lives Matter 運動が盛んだった2016年の作品賞は「ムーンライト」という、面白くも可笑しくもない黒人のホモの物語が受賞した。もちろん候補作を全て観たわけではないが、あんな退屈な話を受賞させるくらいなら「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の方が受賞作に相応しいだろう。
ボストン郊外のクィンシー(Quincy)で一人暮らしをしているリー(ケイシー・アフレック)が主人公だ。兄のジョーが心不全で亡くなったという報せを受け、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ると、甥のパトリックの後見人の件や、墓地が凍っているため春まで遺体を埋葬できない件など、種々の問題に頭を悩ませることになるーー、という地味な映画である。
ただ、こうした現代の"孤独"に生きる男に付いて回る"家族"のことや、過去の経緯、労働者の貧しい暮らしなど、多くの映画が見せるような夢の世界ではない現実じみたフィクションは貴重だ。最近はドカーン!だの、超人のような能力で解決だの、ハッピーエンドばかり上映されているが、この作品が非常に良かった点は、リーの孤独や悲しみが別に癒えたわけではないことだ。未成年のパトリックは、リーの友人であるジョージが養子として迎えてくれることになり、物語のなかで状況が変わったものの、リーはかつて我が子を焼死させてしまったことをずっと悔やんだまま、この物語が終わった後も生きていく。故郷の人たちは相変わらずリーに冷たい視線を浴びせ、元妻のランディ(ミシェル・ウィリアムズ)が慰めようとしてもリーはそれに値しないとして拒む。人の心の傷はそう簡単に癒えるものではないという真実を描いた137分だ。
こういう良い意味で地味な映画は近頃のハリウッドではなかなか制作されないのだが、本作はマット・デイモンが製作に加わったことが大きい。おかげで話題にもなり、製作費はわずか900万ドルにもかかわらず興行収入はまずまずの結果だった。明らかに「ムーンライト」より映画として格が上の作品である。ケイシー・アフレックは本作の演技でアカデミー主演男優賞を受賞した。兄のベンが"だらしない白人の男"の代表格となる一方で、ケイシーはこういう悩める男を演じると似合う。2007年の映画「ゴーン・ベイビー・ゴーン」でも良い味を出していた。
さて、僕はよく、ここ最近のアカデミー作品賞はどうしようもない、と書いているので、直近10年を振り返ってみよう。
2015年「スポットライト 世紀のスクープ」
俳優もテーマも良いのに新聞社を舞台にしたので退屈きわまりない。「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」と同じく"アカデミー賞ください"映画。これなら性的虐待をしている神父を主人公にすべきだった。
2016年「ムーンライト」
「ブロークバック・マウンテン」のように歳月のなかで愛が変わらないことを描くことができていない。画面も思わせぶりに暗いだけ。
2017年「シェイプ・オブ・ウォーター」
決して悪くないものの、筋書きが単純に過ぎることと、化け物と海中で結ばれるという終幕はちょっと不用意。
2018年「グリーンブック」
これは良い。佳作。ヴィゴ・モーテンセンのおかげ。
2019年「パラサイト 半地下の家族」
おそらく「アイリッシュマン」がNetflixだから敬遠され、ちょうどアジア人へのヘイトクライムが話題だったので受賞したとしか思えない凡作。「フォードvsフェラーリ」や「ジョジョ・ラビット」の方がはるかに面白い。
2020年「ノマドランド」
睡眠導入剤。眠れない時に観ると良い。
2021年「コーダ あいのうた」
テレビドラマ「glee/グリー」を映画にしただけ。「ドント・ルック・アップ」が受賞を逃したのは"アメリカ人"を劇中でバカにしまくったせいに違いない。
2022年「エブリシング・エブリウェア(以下略)」
白人ばかりが受賞すると怒られるので数年に一度はこういう接待が必要。むしろ、こういう配慮をするようになっているということがアカデミー賞の堕落。
2023年「オッペンハイマー」
これで製作費1億ドルという事実にまだ笑える。