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作品賞に相応しい並行物語 / 「トラフィック」
20世紀の末から数年にかけて、ハリウッドで急に"アンサンブル・キャスト"の映画がいくつも公開された。もともとロバート・アルトマン監督が1人で勝手に撮っていた手法だったのだが、アルトマンを敬愛する監督たちがちょうど成長した頃に重なるのかもしれない。
有名な作品だけを挙げると、ハリウッドのPTAことポール・トーマス・アンダーソン監督の1999年の映画「マグノリア」を筆頭に、2000年にはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のデビュー作「アモーレス・ペレス」、スティーヴン・ソダーバーグ監督の「トラフィック」、2001年にアルトマン監督の「ゴスフォード・パーク」、2002年はスティーヴン・ダルドリー監督の「めぐりあう時間たち」、2003年にイニャリトゥ監督の「21グラム」、リチャード・カーティス監督の「ラブ・アクチュアリー」、2004年はアカデミー作品賞を受賞したポール・ハギス監督の「クラッシュ」、そして2006年にイニャリトゥ監督の「バベル」である。PTAとイニャリトゥはアルトマンを尊敬していることを公言しているので、主人公を複数にして物語をつくることが多いのだが、他の映画監督たちもきっとアルトマンの作品や「マグノリア」を観て、俺もやってみようと思ったのだろう。最近ではウェス・アンダーソン監督の「アステロイド・シティ」も記憶に新しい。
さて、僕もこれまで便宜上、アンサンブル・キャストと記してきたが、この表現は"主要キャストが複数いる"ことを意味するので、テレビドラマ「フレンズ」もアンサンブル・キャストになってしまう。そうではなく、映画のなかで物語を追いかけるときに、主人公1人だけを撮影せず、複数の筋書きを撮影することがアルトマン監督たちの試みだった。ちょうど直列回路(series)ではなく並列回路(parallel)のように、出来事の連続(series)で映画を描くよりも、筋書きが並行(parallel)していることを通じて観客にメッセージを伝える手法である。マイケル・マン監督の映画「ヒート」は、ハナ(アル・パチーノ)の物語とマッコーリー(ロバート・デ・ニーロ)の物語が並行していたからこそ、互いの人生を観客はじっと見つめることができた。これはアンサンブルと呼ばれるような主に3つ、あるいはそれ以上の筋書きを撮影しておらず、ハナとマッコーリーという二手に分かれた話を結合した映画だ。今日から勝手にこういう映画を"並行物語"と名付けることにする。
さて、スティーヴン・ソダーバーグ監督の2000年の映画「トラフィック」は、ここ最近のハリウッドで興行収入が良かった並行物語の嚆矢である。この物語は、ハヴィエル(ベニシオ・デル・トロ)たちのメキシコの話と、ウェイクフィールド裁判官(マイケル・ダグラス)たちのオハイオ州の話、そしてサンディエゴでヘレナ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)たちを捜査するDEA(麻薬取締局)の話の3つが並行して進む。麻薬という大きな問題に取り組むアメリカ人やメキシコ人たちの生き方を通して、どちらかの言い分だけを撮影することなく、観客にうまくメッセージを伝える作品になっている。
ソダーバーグ監督はこれら3つの筋書きのシーンでそれぞれ色調を変えているので、観客は画面を見ているだけでメキシコなのかカリフォルニア州なのか分かるようになっている。もともとイギリスのチャンネル4で放送された麻薬戦争をめぐるドラマが原作なので、麻薬組織の大物など一部の登場人物にはモデルが存在し、かなり実話のように感じられる映画だ。ポップコーンを食べながら麻薬をめぐるストーリーを楽しめるのだから、これは良い映画と言えるだろう。並行物語は下手くそが撮ると焦点の定まらない映画になるのだが、本作における場面の転換は上手い。技量が要求される手法だが、「トラフィック」はよくできた並行物語である。
しかしベニシオは良い俳優である。本作ではまだ若手の頃だが、独特の雰囲気をすでにまとっている。こういうものは天賦のものだ。
「トラフィック」はアカデミー賞の作品賞の候補になっていたのだが、受賞作は「グラディエーター」だった。アカデミーの会員に麻薬の常習者が多いせいでもあるだろう。この2000年という年から、アカデミー賞は堕落したと言っていいのだが、そのことを検証する記事はまた追々書いていきたい。