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down the river 最終章⑦

「ユウ……ユウ…」

眠りの世界独特の音。
水に共鳴している様な不思議で、どこか安らぎを覚える様な音。
母親の羊水の中で外界の音を聞いている様な音。

「ん…」

ユウは自分の顔からする匂いと、その音に反応して目を覚ました。

「ユウ…。素敵だったよ。僕は全力でユウを抱いた。」

ユウはぼんやりとした視界の中で松川の顔と声を確認した。
全力で抱いたという松川の言葉にユウの女心は最高の満足を得た。

「ま、松川さん…」

ユウは身体を起こそうと全身に力を込めると肛門から温かいものが出て来た。
ユウはそれを指ですくい、目の前で確認する。
若干の血液と思われるものが混じった白く、濁った粘液、紛う事無き松川の体液だ。

「松川さんの…気持ち…確かに受け取りました…この身体で…確かに…受け取りました…。ありがとうございます…。」

そう言うとユウは、肛門から出た松川の体液が付着した自らの指を咥え、そして舐め取り、飲み込んだ。

「フフ、そういうところ。ユウ、そういう健気なところが好きなんだよ。本当に健気だ。いい子だな。」

松川は全てを出し切った自分の男性の象徴をゆっくりとユウの口の前に差し出した。
薄っすらと感じる大便の香りと、松川の体液の香りが入り混じり、形容し難い香りを纏った松川の男性の象徴を前にユウは少し顔をしかめた。
しかしそこは百戦錬磨の経験を持つユウである。
シャワー、浴室が無いこの場所で、松川のものを綺麗にするのは自らの口とおしぼり、ティッシュしか無い事をユウは知っているのだ。
ユウはしっかりと松川の期待に答え、松川の男性の象徴を口に含み、舌と喉を使って付着したものを舐め取った。

「うっ…あ…よぉし、これは期待できそう…うっ…だな。」

松川はニュルっと音を立ててユウの口から男性の象徴を抜き取った。

「ハァハァ…ま、松川さん…返事は…」

ユウは息も絶え絶えだ。

「ユウ、かわいいユウ。返事は土曜日夕方だ。ユウの将来に関わる事なんだ。しっかりと考えて答えを出して。いいね?」

「は、は…い…。」

松川はそう言うと携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけた。
話の内容から相手は留美だろうか。
ユウは再び横向きに寝そべると、そのまま再び夢の世界へと旅立ってしまった。

・・・

「なん…だ?俺…寝て?ん?」

ユウは状況が掴めずにいた。
ぼんやりとした視界に何となく見える時計は2時を指している。
自分の涎が乾いた匂いだけではなく、いくつもの悪臭が折り重なりユウの鼻に襲いかかった。
 
「オェ…なんだよ…頭も痛いし臭ぇし…」

ユウの視界が晴れ始め、ようやく記憶と置かれた状況を理解し始めた。

「おはよ、ユウ。」

ユウの独り言に反応するかの様に留美の声がした。
ユウがその声の方向に顔を向けると、留美が店の客席に座りコーヒーを飲んでいた。
自分の周りに漂う悪臭をくぐり抜けてくるコーヒーの香りがユウの憔悴しきった心体を癒やす。
留美の座っている客席から少し視線をずらすと、綺麗に片付けられたカラオケステージが目に入った。
留美が1人で片付けたのだろうか。

「留美さん…。片付けしてくれたんだ…。すいません…。」

ユウは仰向けのまま、枯れた声で留美へ謝罪した。

「いいの。どう?松川さん。」

「いや、…凄く素敵な方だと…思います。でも…どうして留美さん…が…そんなに…必死に…その…勧めてくるんです?ま、松川さんを…」

「トットも、ユウも女の子だから。」

「…え?佐々木はわかりますけど…俺は…化粧も似合わないし…」

「そういう事じゃないよ。心の事を言ってるのよ。心は女なのにさ、男のフリしてんの辛いでしょ?」

「それが留美さんに…ど、どう関係するんですか…?」

ユウは身体を起こした。
前から留美には聞いてみたかった事だからだ。

「無理しなくていいよ?ユウ。横になってなよ。」

「はい、…でもちゃんと聞きたい…。留美さんにとって…俺と佐々木は…何なんでしょうか…佐々木は…俺に言いました…俺達は女としての喜びを堪能できる…留美さんは場所代が手に入る…それだけの関係であれば俺が松川さんに貰われるのは留美さんにとってマイナスではないんですか…?まぁ佐々木…佐々木がいれば客は来るんでしょうけど…。なぜ…」

「女として生きてほしいから。ユウもトットも。わかるの…その苦しみ…」

留美は静かにコーヒーカップをテーブルに置いた。
目には涙が薄っすらと膜を張っている。

「私はね、私の心は男なの。女の子が大好き。男として、女を愛して、男として女から愛されたい人間なの。」

「そうだったんだ…佐々木は…知ってるんですか?」

ユウは今さらこの手の話はまるで驚かなくなっていた。
自分の生き方に何の問題ももたらさない事を理解しているが故の余裕である。
余裕で構えたユウの質問に留美は無言で首を横に振った。

「そうですか…で、でも、そ、それと…俺が松川さんに貰われる事になんの関係がある…んです?」

「松川さんはね、結婚は…その…同性は日本じゃ結婚出来ないから結婚ごっこでもいいからしたいって言ってたわ。結婚…結婚した様な…新婚生活みたいな事が出来る…そのチャンスがユウに訪れたと思ったら居ても立っても居られなくなったの…。」

「俺が結婚…」

「そう、女として結婚生活みたいな事が味わえる。それをユウかトットが味わえるのよ?ずっと2人を見てきた私は自分の事の様に嬉しいのよ…。私の分まで幸せになって、私の分まで結婚というものを味わってほしいの。」

「…。」

「トットが目指してきたものだけど…松川さんはユウを選んだ。」

「佐々木が目指してきたもの…ですか…?」

ユウは再度身体を起こした。
汚い気持ちが溢れ出てくる。
後から来た自分が先駆者を抜き去る、この快感はいつもユウを絶頂に近い場所へと導く。
スクールカースト下位である自分が上位グループに先んじて亮子という異性と付き合う、後輩である自分が同級生を差し置いて真理という異性と付き合う、前任のボーカルは追わずBlue bowのメンバーは自分を選んだ、そして憧れていたバンドから誰よりも先に声がかかった、更に今回、この乱交パーティーの先駆者を差し置いて社長という身分の人間が自分を選んだ。
この事実は煙草、酒、セックス、これらと並ぶ中毒性の高い快感である。

『こんなに美味しくていいのかよ…えぇ?』

「そう、トットは女として結婚したい、真似事でもいいからって言ってたの…でも松川さんがユウを選んだ時、トットは凄く喜んでたよ?良かった…本当に良かったって…。」

「す、ソ、ソウデスカ…」

ユウは笑いを堪えるのに精一杯だ。

「ユウ、だから今回の件…前向きに検討してあげて?」

「フ…フヒ…フ…ハイ…ワカリュマシタ…」

ユウは今にも吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
ユウが穢れた人間だという事は留美も知っているだろう。
しかし究極の域までねじ曲がった快感に身を投じる程腐りきった人間だという事だけは留美に知られてはならない、ユウの直感はそう判断したのだ。
ユウは奥歯が陥没してしまうかと思うほどに奥歯を噛み締めその場を乗り切ったのだった。

・・・

ユウは次の日、会社を休んだ。
留美の店で目覚めた時間を考えたら当然の事かもしれない。
電話口で怒り狂う人事課の教育担当であったがユウはベッドで横になりながら応対するという余裕っぷりだ。

「研修の身分で体調不良とはどういう事だ!バカ野郎!!出てこい!」

「体調が本当に悪いんです…気持ち悪くて…。」

ユウは嘘はついていない。
体調を悪いのは事実だ。

「二日酔いか!!この野郎!ふざけるな!!」

「違います…。」

「この野郎!!出てこい!!研修のカリキュラム遅れたら土日両方出てもらうぞ!!」

「じゃあ、今から出ますよ…でも…」

「当たり前だこのバカが!!…でも…なんだ!?」

「フラフラなんですよ?道中事故にでもあったら責任取れるんですか?」

「あぁ!?ふざけんな!喧嘩売ってるのか!?ガキのくせに!」

「大声を出してもダメです。質問の答えは?」

「あぁ!?」

「だから大声出してもダメだって。責任取れるんですか?それともタクシー代出します?それとも迎えに来ます?」

「て、テメ…!」

「大声で怒鳴り散らして誤魔化そうとする人は人間じゃない。」

「…。」

「人間じゃない生物に教育されるのはゴメンですね。」

「…。」

「休んでよろしいでしょうか?」

「…出て来なくていい…。」

「それは今日だけですか?2度と出て来なくていいって事ですか?」

「今日は休め…。」

人事課の教育担当はそこまで言うと電話を一方的に切ってしまった。
ユウはニヤつきながらPHSを枕元に投げ捨て、再び目を瞑った。

「松川さん…フフ…そうか…フフフ…。」

ユウが描く最高のシナリオは、Z-HEADのオーディションリハをこなしZ-HEADのメンバー入りを果たす、松川と同棲する、会社を辞める、Z-HEADの活動資金を松川から回してもらい、それを言いがかりにZ-HEADを乗っ取るというものだ。
そういったシナリオを考えているユウにとって人事課の教育担当など恐るに足らない存在である。
そして半分以上ユウの心は決まっていた。
女として男から愛される、それは敬人以来の経験だ。

「タカちゃん…」

何度も回り道をしながら、憎み、そして愛し合い、結果自分が捨て去った男の名がユウの口から勝手に出て来る。

「俺は…女として幸せになるよ。松川さんに尽くす。そして女にしてくれてありがとう、タカちゃん。そしてZ-HEADは俺が貰う。フフフ…」

ユウはベッドから飛び起きるとヘッドホンをしてベースを無我夢中でかき鳴らした。
数日前から全くベースに触っていなかったにも関わらず調子がいい。
ユウは信じられなかった。

「信じられねぇ…すげぇ…出来る…出来ちまうよ…」

腕がまるで別の生き物の様に動き、指がまるでネックに吸い付く様に自在に跳ね回る。
そしてまるで機械の様にリズムが狂わない。

「ハハハ!勝った!勝ったぞ!尾田ぁ!加賀美!Z-HEADは俺のモンだ!!アハハハ!そして父さんごめん!やっぱ俺、この会社辞めるわ!やってられっか!ハハハ!お母さん!俺は自由に生きる!!」

灯消えんとして光を増す
先人達はこの蝋燭に起こる現象を人の一生に例えた。
燃え尽きる寸前のその一瞬、自分に構うなと言わんばかりに最大の光と熱を放ち、その役目を終える。
そして病においては「中治り」という現象があると言われている。
様々なもの見聞きし、様々なものに別れを告げる最期のチャンスであり、周囲の者に最後の希望を与える、仮に神というものが存在するならばそれからの労いと言ってもいいだろう。

寮の管理人が見回りで管理人室から出て行った同タイミングで、寮生用の集合ポストの前に一人の人物が到着した。
ユウの部屋番号の札がかかっているポストにその人物は安っぽい封書を静かに投げ込み、速やかにその場を去っていった。


崖の縁とも知らず軽快に踊る

崖の縁と知り立ち尽くす

どちらが幸せなのだろう

別れを告げる事は辛いか

別れを告げずに消える事が辛いか

もっと

もっと

何かを見ようとすればよかった

何かを感じようとすればよかった

自分の叫びが

一番聞こえない雑音だったなんて

辛すぎる現実

でもそれが

唯一の現実


※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※いつもご覧いただきありがとうございます。down the river 最終章⑧は本日から6日以内に更新予定です。
申し訳ございませんが最終章は6日毎の更新とさせていただきます。
今回は急遽2話一気に更新させていただきました。
筆者も極普通の会社員でありますので仕事の緩急が筆の進みに大きく影響する事があります。
今後とも応援よろしくお願いいたします!
更新の際はインスタグラムのストーリーズでお知らせしています。是非チェック、イイね、フォローも併せてよろしくお願いします。
今後とも、本作品をよろしくお願いします。








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