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風雷の門と氷炎の扉12

バシィッ!!
ドンッ!!

…トゥン…。

赤い龍の着地点で炸裂音が響いた後、数メートル先で湿り気を帯びた音が軽やかに響いた。

「ゼータ様!!」

「ゼータ様ぁ!!な、何事です!?」

「何事ですか!?」

先の門兵やその他ゼータの取巻き、側近が数名、家屋に突入して来ようとしたが、扉が歪み、壊れかけていて開かない。

「お前達!私は無事だ!入ってくるな!外にいろ!!絶対に入ってくるな!せ…戦神の娘よ、やるではないか…さすが…と…言っておこう…」

首以外全て消え去ったゼータが明後日の方向を向いたまま声を上げた。
それと同時に外の騒ぎが一気に収まり、静まり返った。
ゼータの強い指導力が窺える。
ヒョウエは身体を起こすと、フラフラとゼータの首に近づいた。
ウリュは絶望的な苦痛から解放されたと同時に気を失ったようだ。

「ゼータ、お前のヒールは恐ろしい力だな。首だけになってもその命をつないでいるのだから…」

「専門家にお褒めいただくとは光栄だな…」

「その力を邪文に向ける事が無ければ…。」

「民を統治するには必要だと判断…した…それは間違っているとは…お、おも…思ってい…な…い…」

ヒョウエはゼータの後頭部に向け、話しかけると、ゼータは後頭部を向けたまま返答した。

「ゼータ、お前が問おうとしていた事はなんだ?」

「せ、戦神の娘は眠っておるのか…?」

「気を…失っている。」

「フフフ…そ、そうか…フフフ…」

「何が可笑しい。問おうとしていた事を聞いてやろうというのだ。からかっているのならヒールの力を今すぐ奪う。」

「フフフ…いやいや、…滑稽でならぬのだ。お前達ではなく…ここに生きる者達全てがな…」

「問おうとしていた事を話せ。ゼータ。」

「く…か、簡単な問いだ…ぐ…ぐはぁ!」

ゼータのヒールも限界なのか、ゼータの後頭部越しに吐血が見える。

「この…この世界が偽物だとしたら…この世界が…篩いにかける為だけの世界だとしたら…どうする…?戦神の従者よ…」

「…。」

『ウリュ様の父上様が言われていた事…まさか…』

ヒョウエは何かを悟ったようだった。
その考えをまとめさせまいと首だけの姿になったゼータは続ける。

「そ、…そしてこの世界から抜け出そうとしている者の中で…フフフ…私と…戦神の娘…ウリュ…お前が支配者ならばどちらを選ぶ…?この世界からの旅立ち…それはつまり…」

「だ、黙れ…ゼータ。」

ヒョウエはその言葉の続きを理解しているようだった。
珍しく険しい表情を浮かべている。

「フフ…これから志半ばで死にゆく者の話も許してはくれんのか…。」

ゼータの口から吐き出された血の池がその面積を広げていく。

「お前の質問に答える事は容易い。私はウリュ様が全てだ。ウリュ様のご意向に添うのみ。」

「フ…フフッ…従者の鏡よな…」

「ゼータよ、一体お前や…ウリュ様は何を見て何を感じたのだ…?」

「呼ばれたのだ…こちらへ来いとな…あの赤い場所が何なのかは知らぬ…だが…呼ばれたのだ…お前には聞こえなかったのか…?」

「聞こえない。フウマ様もな…」

「フウマ…フウマか…お前達…フウマと…会って…フフフ…ハハハ!げ、元気にしておったか!あの怪物は…ハハ!ゲフぅ…ガハッ!」

「おい!ゼータ!呼ばれたとはどういう事だ!!」

「ハハハ…どうやら語る事を許してはくれぬようだな…良かった…フウマ…あやつは優しい男よ…」

「ゼータ!」

「…。」

ゼータは後頭部をヒョウエに向けたまま事切れた。

「ハッ…!ウリュ様!」

ヒョウエは倒れているウリュへ駆け寄り、抱きかかえて身体を起こすと、赤く光る目をカッと開くウリュの顔がそこにはあった。

「ウリュ…様…?」

「知りたがりね…ヒョウエ…だからそんなに頭が良いのね。」

「き、気が付いていたのですか…?」

「ち、ちょっと…まだ苦しいの…このまま…してていい?ちょ…ちょっと恥ずかしいけど…」

ヒョウエに抱きかかえられたウリュは赤く光る目を斜め下に向けて顔を赤らめた。
その様子を見たヒョウエはニカッと笑い、ウリュの後頭部に手を添えて優しく支えた。

「私とウリュ様の仲ではないですか。気にする事はありません。」

「そう…でももう行かなきゃね…。ゼータの側近達が外に構えているわ…。」

「…。」

「ゼータは何をする気なんだろ…」

「…え?」

ウリュが何かの気配を感じて視線をゼータの首に合わせた。
同調してヒョウエがその視線を追うと、ゼータの首が黄色く光っている。
金粉が舞っているようにキラキラと輝いているのだ。

「ヒールの力だ…しかし、もう事切れているはず…」

ヒョウエは目つきを鋭くした。
いつ蘇り、攻撃を仕掛けてくるか分からないからだ。

「ゼータ…ごめんなさい…私はでも…行かなきゃいけないの。」

「カマワヌ…オマエガカッタノダ…イケ…フウライノモンヘ…」

「し、し、喋った!?」

ヒョウエは鋭い目つきから一変し、驚きに目を剥いた。
血の池に沈み、黄色く光っているゼータの首から確かに声が聞こえる。

「オマエヲマツモノガオルノダ…イカネバナラヌダロウ…」

「本当にごめんなさい…」

「キニスルナ…」

数分前に殺し合いをしていた2人とは思えない会話にヒョウエはあ然とした。
ウリュは涙を流しながらゼータの首を見つめている。

「ムカエヲヨンダ…オキテマッテイロ…モウスグクル…」

「む、迎え…?」

「ありがとう…ゼータ…。そして…さよなら…ごめんなさい…。」

ウリュは驚きの表情を変えないヒョウエの腕を掴み、その顔を痛みに歪めながら立ち上がった。
そしてそれを確認したかのようにゼータの首は黄色く光るのを止め、完全にその光が消えたと同時にコトリと音を立ててゼータの首は斜めに転げた。

「ウリュ様、迎えとは…?」

ヒョウエの質問にウリュが答える前に外から悲鳴が聞こえてきた。

「うわぁ!!」

「おい!!生贄の地の連中は何やってんだ!」

「ぎゃあああ!!逃げろぉ!!踏み潰されるぞ!!」

「狩人は!?狩人を!早く呼べ!!早く呼んでこい!!ぐぁあ!!」

「でかい!!でかいぞ!!逃げろ!!」

その騒ぎの中で雷のような地響きが聞こえてくる。
ヒョウエの質問はその後すぐに解決した。

「あんぎゃあああえええええ!!ええエエエ!!」

「この鳴き声は…ブ、ブーク…?」

「そ…そうみたいね…。ゼータ…」

ウリュは身体に残る若干の苦痛を噛み殺し、その到着を待った。
地響きが近くなってくる。
音から察するに数匹は走ってきているようだ。

「うわぁ!!ゼ、ゼータ様!危険です!」

「ゼータ様!お逃げ下さい!!」

外で待機していたゼータの側近達の悲鳴からコンマ数秒後、バキ、メキィと音を立てて扉がグニャリと歪む。
そしてバキバキと連続した音が鳴ったかと思うと数頭のブークがウリュ達の前へと橋ってきた。
先頭のブークはウリュ達を乗せてきたあの、一際大きなブークだ。
跳ね馬の体勢を取り、その後ウリュ達の元へ前足を下ろすと老婆の顔をウリュへ近付けた。

「いい子ね…よく来てくれたわ…。ゼータに呼ばれたの?」

何とそのブークは老婆の顔をクシャッと歪ませ、笑ったのだ。
それを見たヒョウエが目が飛び出そうなほど驚いている。

「わ、わわ、わらっ…笑った…?ブークが?え?嘘…。」

「ヒョウエ!乗りなさい!」

ヒールの邪文が若干残っているとは思えない勢いでウリュは、笑顔を浮かべる大きなブークに飛び乗った。

「え?あ?え?」

「早く!乗るのよ!!」

「は、はい!」

ヒョウエは我に返り、慌ててウリュの後ろに腰を降ろした。

「行って!!風雷の門に!!」

「ああええええ!!!」

ウリュの声にブークは反応した。
笑みは消え、また険しい顔に戻ったブークは、もう一度跳ね馬の体勢を取った。
そしてウリュ達を背に乗せたブークは周りの数頭について来いと言わんばかりに、今まで聞いた事が無いような凄まじい雄叫びを上げたのだ。

「ああえおおあああああああ!!!!」

雄叫びが終わると、前足を地に付け、物凄いスピードで走り始めた。

「ウ!ウリュさ、様!」

「舌噛むよ!!」

「うわへぇ!は、はい!!」

「ゔもぉおおあああああ!!!」

以前聞いた雄叫びとブークの背でも分かるくらいの地響きが舌を噛みそうになっているヒョウエの耳に飛び込んできた。

「え!?何だ!?バー!?ウリュ様!バーが!バーが…その…!イチ…ニィ…あの…その…何頭か!!」

巨体を俊敏に動かし、老人男性の顔を醜く歪ませてウリュ達を乗せたブークへ迫ってくる。

「ああええええあ!!」

ウリュ達を乗せたブークが一吠えすると何と、一番最初に近付いてきたバーの老人男性の顔がクシャリと笑顔を浮かべたのだ。

「わ、わ、わ、笑っ…!!え…!!ウリュ様ぁ!!バーが!!笑っ!」

「アハハハ!いい子ね!お供してくれるの!?ありがとう!!」

「ゔモォおおおおおああああ!!!」

何とバーが笑ったままウリュの方を見て雄叫びを上げているのだ。

「嘘だろ!?バーとブークが!?同じ群れで…!!嘘だ!嘘だろォ!?」

「ヒョウエ!!舌噛むってば!!」

「ヒッ!は、はい!はいぃ!!」

「ゔモォ!ゔモォああああああ!!」

一番最初に近付いてきたバーはブークの群れの先頭に立った。
それを見たウリュ達を乗せたブークはニヤリと笑い、更に加速していく。

「こらこら!喧嘩しないの!!速いのは嬉しいけどさ!」

「ウリュ様ぁ!!あの…!」

「だから舌噛むってば!前が見えてないんだから喋らないの!!」

「ヒ、はひっ!!」

その慌ただしいやり取りの中、ヒョウエの心だけは静かだった。
胸騒ぎ、予感、色々な呼び方があるがヒョウエの心の中はある種確信のようなものが支配していた。
慌ただしいやり取りから数分後、ヒョウエはブークの背でその身を跳ね上げながらもウリュの小さく、狭い背に頬を当てた。
その感触がウリュへ伝わったようだ。

「ヒョ、ヒョウエ…?」

ウリュの呟きはブークの背では、その騒音でヒョウエには届いていない。

「ウリュ様…」

ヒョウエの呟きもウリュへは届いていない。

「フフッ…疲れちゃったの?歳だからしょうがないわね。…恥ずかしいけど…まぁいいわ。私とヒョウエの仲だもんね…」

「ウリュ様…」

ヒョウエは一度目を閉じて、再びその目を開けた。
開いたその目は遠い何かを見据えているような優しくも、切なく、悲しい目だった。
そしてその目には薄く薄く、涙が膜を張っていた。


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