「イノベーション統一理論」⑩~「現場戦闘力」を示した「ジョブ」探索におけるALI(Active Listening Interview)とCASの圧倒的パフォーマンス
イノベーション商品の開発に生涯を捧げられた梅澤先生や油谷先生の1つの偉大なところはその方法論としての「インタビュー調査」の理論・手法開発を同時に進行させておられたところにあります。すなわち現場での実現手段を具体化させておられたということです。
両先生ともに、質疑応答ではなく対象者の自由で自発的な発言・ディスカッションがインタビュー調査の本来あるべき姿であるとされておられたのですが、その意味合いを明らかにしたのが私が提唱するところの「意識マトリクス理論」です。それについてはリンク先などの本連載の過去記事において論じてきたのですが改めて示すと要は、「企業側からは見えていないイノベーションのヒントはC/S領域にあるのでリスニングでないとアプローチできない」という「原理」です。
この原理の発見に基づいて先生方のインタビュー理論・手法を改めて見直し、ブラッシュアップしたのがALIです。
ALIを改めて定義すると
という「定性調査」の定義において(リンク先参照)
であるとこの場で改めて定義しておきたいと思います。この技法には「PIA三位一体理論」による企画、実査、分析の各プロセスの統合的マネジメントや「NEC理論」によるリクルートなどが必要条件であることは従来に説明してきた通りです。
一方、ジョブの探索においても、クリステンセンはインタビュー調査を一つの手段としており、インタビューの実例を「ジョブ理論」で紹介しています。※
それではどのようなインタビューを行えば良いか?、ということになります。このジョブ探索=未充足ニーズ探索の観点についてはクリステンセンと梅澤はそれぞれ下表のようにまとめています。
この両者を噛みしめると共に生活工学的観点に立っていることが明らかなのですが、更に、その内容が非常に似ていることに驚かされます。より単純明快かつ現場での利用に耐えるように整理されているのは場数を踏んできている梅澤の方だと弟子の贔屓目もある実務者の私は思いますが、しかしそれは、幾多の未充足ニーズ探索に実績のある我々のALIがそのままジョブ探索にも使えるし、むしろそのパフォーマンスが高いだろう、ということにもなるわけです。
前回の連載でクリステンセンの理論と梅澤の理論の比較対照をお見せしましたが、あれらは実はジョブ理論を学ばれたあるクライアントからある領域におけるジョブ探索調査を依頼された時にその可能性や方法を検討するために作成したものです。結論はすなわち「ジョブとは未充足の強いディファレントオケージョナルDOニーズのことに他ならず、故にそれを探索、創造してきた実績のあるALI及びCASは十分にその目的を達成できる」ということになります。
一方で、「ジョブ理論」には上記のようにインタビューの実例が結構なページ数を割いて紹介されているのですが、残念ながらそれは「アスキング」によるものです。その例が実際にあったものなのか再構成されたものなのかはわかりませんが、いずれにせよ意識マトリクス理論が明らかにしているようにそれでは企業人には潜在している生活の中でのジョブが偶然にしか見つからないということになります。また紹介されている事例もある特定の「上手くいった」事例でしかないのであって、再現性のあるCASのようなシステマティックな論理=分析のフレームワークや、ALIのようなC/S領域を探索するのに最適化されたインタビュー技法がないわけですから、そのジョブ発見の効率は我々がやるのよりもおそらく相当に低いだろうということになります。
そのような見通しの下、成功可能性についての確信をもって上記のクライアントのご要望をお請けしたのですが、驚いたことにクライアントが希望されたのは「40人✕各60分」のデプスインタビューでした。クライアントの担当窓口の方は長年調査業界でのキャリアを積まれているベテランの方だったのですが(むしろ調査業界でのキャリアは私より長い)彼にして「こんな大規模なインタビュー調査はしたことが無い」と仰るものでした。そのようなご要望の背景はジョブ理論についての研修を受けたときに、5人のデプスインタビューを実施したが、得られたのは人数より少ない数のジョブだった、というご経験のようでした。これは上記の「相当に低い」という推測を裏付けるものでもあるわけですが、すなわち40人のインタビューからは2~30個程度のジョブが得られるだろうという期待感であったかと推察されるわけです。
それに対して私はグルイン2グループでも、よりコスパ高くそれ以上の成果が得られるというご提案も差し上げたのですが、結局先方の諸般の社内事情でご要望通りの実施計画として受注することになりました。
このインタビューの実施にあたっては下記のようなシステムで発言から対象者の行動と感情や状態、さらにニーズと生活上の問題を読み取りつつCASを行い、未充足化されたニーズ=ジョブを創造するという分析フォーマットを用いることにしました。報告としてはこの分析フォーマットそれ自体と、読み取られた未充足ニーズ=ジョブのリストということにしました※。
さてその結果ですが一人の取りこぼしもなく全員からジョブが抽出され、その数は人数あたり5個、すなわち計200種類のジョブが重複なくリストアップされるということになりました。これもしかし、読み取られるジョブがあまりにも多いために、一人5個までにさせていただいたものであって、実は読み取ろうと思えばさらに数は増やせたものでした。
即ち、このPIA三位一体のALIとCASの組み合わせはジョブのシステマティックな抽出手法として極めて有効であるということです。故に表題のように現場における「戦闘力」が高いという言い方になります。
さて、この流れで抽出後に行った作業も付記しておきます。
1、まず、抽出されたジョブがあまりにも多数で多岐に及ぶため、200個の中からクライアントの手持ちリソースにおいて事業化の可能性が高いと思われる59個をスクリーニングしそれらの各ジョブを対象に量的調査を行って「魅力度=感じられるニーズの強さ」を測定し階層クラスター分析で「束ねる」ことにしました。束ねておくことで理解やハンドリングをしやすくするためです。各クラスターは同じような人たちによって魅力に感じられたグループということになります。その結果が下図です。それぞれのジョブの中で未充足度が高いものについてはハッチングがされています。すなわち、特定の「山」=グリーン③とブルー④のクラスターが全体に未充足度が高いことがわかります(2を参照)。
2、同時に各ジョブについて梅澤の未充足ニーズ理論に基づき「未充足度」を測定することにしました。これは多数のジョブの中でより「未充足の強いニーズ」に応えているものを見出し、優先的に取り組むという戦略立案に用いるためです。未充足の強いニーズというのはブルー・オーシャンを拓く力を持っているからです。ニーズの強さと未充足度で各ジョブをプロットしたのが下図です。この分析フォーマットは「NDS」(Needs Detection Study)と呼ばれているもので梅澤が開発したものです。このように分析してみると右上の「強くて未充足」=ブルー・オーシャン領域ではブルー③とグリーン④のクラスターに属するジョブのウエイトが高いということがわかります。すなわち③と④についてはニーズの強さもクリアしているわけであり、それらのジョブに対応することが戦略的優先度が高いということが明確になったわけです。
3、各ジョブとジョブクラスターについてはクロス集計をみればどのような属性や生活特性を持った人たちの未充足の強いニーズに応えているかがわかりますが、この「生活特性」についてはやはり多数設定されていたので別途「因子クラスター分析」を行いターゲットの生活特性がイメージしやすくなるようにしました。すなわち、各ジョブの山はそれぞれどのような生活特性因子を持った人たちによって形成されているかが簡単にイメージできるようにしたわけです。
このようにかなり手の込んだ分析を行いましたが、このプロセスを「NDSダブルクラスター分析」と命名し、ALIからの一連の分析システムの中に位置付けています。すなわち、ALIによるハイパフォーマンスなジョブ抽出に続いて、抽出されたジョブの戦略的優先度決定に利用することができるわけですが、クリステンセンはそんなことは言っておらず我々が独自に開発した手法ということになります。しかし、これができたということは我々が長年にわたって調査や商品開発の現場で蓄積した知識と経験によるものであり、その基礎にはCAS理論や未充足ニーズ理論などがあるわけです。