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「マーケティング」から「イノベーション」を切り出す必要性〜なぜ日本企業でイノベーションが起きなくなったのかを考える

「マーケティング」と「イノベーション」を分けて考える必要性

「マーケティング自体は成長を生まない」~ドラッカーを根拠に前回このように論じましたが、マーケティングが成長につながった何らかの事例を以て、これに反論のある方は多々おられると思います。

しかしご自分に反問してみてください。

・「その「成長」とは成長の停滞した市場でのシェアの奪い合いによってもたらされた一企業のみの成長ではなかったのか?」
・「その市場はそもそも導入期、成長期の市場ではなかったのか?」
・「そのマーケティングとは対象となる商品がイノベーションを起こした直後のマーケティングやイノベーション商品を普及させようとしたマーケティングではなかったのか?」
・「そのマーケティングは新市場創造=イノベーションを目的としたマーケティングではなかったのか?」

これらへの問いについて考えてみると、明らかにイノベーションとマーケティングは別物であり、市場の成長はイノベーションが生み出していることが明らかです。しかしマーケティングとイノベーションが密接な関係にあるために両者が渾然一体のものとして認識されているということも明らかになります。

これが前回も説明しました私の「違和感」の原因でした。

その「マーケティングとイノベーションの渾然一体状態」を意識マトリクスで表現すると下図のようになります。実はこの図は何度も書き直して前回のようになってきたのですが、この見方をした場合も、「いわゆるマーケティング」は既存市場を対象とした定常業務である「マーケティングオペレーション」とイノベーションを目的としたプロジェクト活動である「イノベーションマーケティング」に分けて考える必要があるということになります。いずれにせよ「既存市場におけるマーケティング」と「新市場を創造するイノベーション」を分けて考える必要があるということには変わりがありません。その目的と手段が異なるからです。故に前回のように表現したほうがより単純明快にであるということになります。

繰り返しになりますが、マーケティングとはすべからく「市場」ありきてすから、その前に必ずイノベーションが存在するはずです。市場が潜在している状態でおこなわれるのはイノベーションです。イノベーションはいきなり発生するわけではなくそのプロセスがあります。そのプロセスはマーケティングとは別物です。故にイノベーションを別物としてマーケティングから切り出す必要があります。

日本の高度成長は「低コスト高品質」によってもたらされたとされていますが、よくよく分析をしてみるとそれは単なるコストダウンではなく実は「独創=イノベーション」あってこその高度成長であったことが明らかです。当初は確かに欧米の真似から始まっていても、やがて日本企業は独創力を発揮しています。例えば、「低コスト高品質」を生み出す「トヨタかんばん方式」というのはそれ自体が独創です。コンパクトカー、低公害車、ハイブリッドカーなどなど他国に先駆けて独創的商品カテゴリーを生み出し続けたことが自動車産業の成長をもたらしました。家電も同様でトランジスタラジオから始まり、小型テレビ、ラジカセ、ウォークマンと独創的商品カテゴリーを生み出し続けています。冷蔵庫や洗濯機、食器洗い機なども日本の生活に合わせた小型化が行われていました。アメリカンサイズと日本サイズでは別カテゴリーであり、それらは日本人に新たな満足を与えたイノベーションです。

あの時代、日本企業はイノベーションを連発しておりそれが経済成長の原動力となっていたのです。「低コスト高品質」というのはその促進条件にしかすぎません。つまり日本がよく言われるように「先進国の摸倣」や「低コスト高品質”だけ”」により成長したというのは都市伝説なのです。その証拠にこのような研究データがあります。

梅澤伸嘉、『マーケティングホライズン』2002年12月号

GDP成長率とMIP(新市場創造型商品)の誕生率には相関があります。1960年以降GDP成長率もMIP誕生率もどんどんと低下しています。しかしその間も経済規模自体は大きくなっていますから、これはMIPへのチャレンジが減り後発商品主体になってきていることを示唆しているという見方も可能です。つまりMIPによって起こされたイノベーションにいわば「タダ乗り」した後発商品が増えたということです。この研究のMIPの定義は未充足ニーズに応えて新市場を創造し10年以上にわたってトップシェアの商品ですからこの研究の10年前の時点でグラフは終わっていますが、現在までこのグラフを延長すればこの相関がもっとハッキリするのではないかと考えられます。2024年の現在、新興国はもちろん、先進諸外国に比べても日本の経済成長率は極めて低いことがあからさまとなりました。この事実は日本人が長年、経済停滞の「言い訳」にしてきた「先進国になり経済が成熟したから経済成長率が低くなった」というのはもはや都市伝説であったことを明らかにしました。それは「諸外国に比べてイノベーションを起こさなかったから経済が低迷した」と言い換えられるべきでしょう。高度成長は復興需要のみによって達成されていたのではないと考えるべきです。

即ち、経済衰退が起きている今の日本ではイノベーションにフォーカスした議論と取り組みがもっと必要であり、イノベーションをことさらに切り出して考える必要があるわけです。

そもそも皆さんもそれになんとなく気づいているから昨今「ブルーオーシャン」などという言葉が多用されるのではないでしょうか。

日本で「イノベーション」が起きなくなった理由

それではなぜ日本でイノベーションが起きなくなったのか?が気になります。それ自体を追求することが目的ではなく、またその要因が多岐に及ぶと考えられるので、私なりのいくつかの観点を簡単に述べてみたいと思います。

バブル崩壊後の「選択と集中」の誤解、誤用と視野の狭窄化
「選択と集中」もドラッカーの主張であり、特定の事業分野に経営資源を集中することにより競争力を高める戦略です。ドラッカーがいう事ですからその集中によってイノベーションも起こしやすくなるというのがそのメリットなのですが、日本の場合これはリストラの口実として誤用、濫用され、「既存商品とそのための既存業務」への集中が行なわれたのではないかと思います。また「事業分野」を商品やカテゴリーの観点(正に人間工学的観点)でしかとらえておらず、生活者観点=生活分野や生活ニーズの観点(すなわち生活工学的観点)で捉えていなかったことも意識マトリクスの/C領域から抜け出せなくなった原因だと考えられます。いずれにせよ視野狭窄を起こしており「新市場の創造」は起こりにくくなります。

日本的経営と終身雇用制度の崩壊
クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」において、イノベーションを既存組織の中で推進することの困難さと結局のところ別組織にする必要があることを説いています。これは意識マトリクスの/C領域において会社組織の業務と論理が最適化されているからです。しかし昭和期の日本企業には終身雇用であるがゆえに、組織の業務と論理にはなじまない人が必ず存在しました。その人たちは会社の中で「浮いた」存在となるのですがその中で能力とガッツのある人たちが企業が行き詰った時のイノベーションの原動力になっていました。また、その人たちを活用しようという経営者の懐の深さもありました。これはプロジェクトXに見る典型的なイノベーション創出のパターンです。その「浮いた」人たちがまさに名もなき「地上の星」なのです。「地上の星」たちは自らの地位や収入には無頓着で自分のしたいことしかやらないという正に組織にはなじまない「アントレプレナー」タイプの人たちであり、その人たちがイノベーションを起こすという正にイノベーション理論通りの人たちですが、終身雇用制度故にリストラもされず転職もせずに会社組織の中に/S領域へ侵攻するための「特殊部隊」や「遊軍」のような形で存在したのです。この組織と人事の問題については改めて触れてみたいと考えています。

資本の流動化による経営者マインドの後退
かつての日本企業は株式の持ち合い制度により資本家構成が安定していましたが、バブル崩壊以降その流動化が著しく、また外資の投資ファンドの影響などにより投資家の発言権が大きくなりました。その中で短期の利益を求められるようになった経営者はイノベーションへの投資に対してのマインドを後退させたと考えらえます。これには「イノベーションとは革新的技術が必要」とか「イノベーションは際限のない試行錯誤である」といった誤解もその背景にあると考えられます。すなわち「生活工学的観点」や「システマティックイノベーション」のノウハウ、メソッドがあればそのジレンマは解消できるはずです。

イノベーションによる新事業開発のノウハウ・技能の継承が断絶した
かつて日本企業でイノベーションを経験した「地上の星」達はどんどんとリタイアしそれこそ「どこに行った」のかわからない状態になりました。また、上記のような要因によりバブル崩壊以後「失われた30年」の間にイノベーションが起こされてこなかったので、そのノウハウは伝統芸能のように継承が困難になってきています。つまりこの観点でも「システマティックイノベーション」のメソッド化は重要な観点だと言えるわけです。下図はネットで見つけたものですが、その状況を端的に表現されているものだと思います。

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次回は上記の組織の問題に触れてみようと考えています。

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