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読書感想文:『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本』

その名の通り、世界で最初に新型コロナウィルス禍に見舞われた中国にてウィルス対策としてITが活用された事例をまとめた本です。生活や教育、医療の分野でのIT技術の活用例が紹介が数多く紹介されています。またそれらの例を参考に、日本が災害時にITを活用するにはどういう方法があるか、という提案も行っています。

著者の山谷剛史さんは2000年代初頭から中国昆明に在住し(現在は日本に帰国)、中国はじめアジアのIT事情の専門ライターとして活動されている方です。ありがたいことにTwitterを中心に交流させていただいており、僕は一方的に「師父」と呼んでおります。先日は一緒に配信に参加させていただき、大変楽しい時間を過ごさせていただきました。

そんな「師父」の著書だからというわけではないのですが、この本が大変有益なものであると思い、皆様にシェアしたくnoteを書いている次第です。

日本と中国でIT受け入れの下地が違う

この本で述べられている重要な視点として、「中国と日本では、災害時のIT活用を受け入れるための下地が違った」というものがあります。

個人レベルで言えば、中国ではWeChatやAlipayのような誰もがインストール済みのスーパーアプリを中心に、スマホを利用したIT活用が災害以前から生活に根ざしたものとして定着していました。単なるメッセンジャーやキャッシュレス決済のアプリとしてだけではなく、出前の注文から病院の予約まで日常のあらゆる行動がそれらのアプリ内で完結するような仕組みができあがっています。人々はそれらを活用し、便利さを享受しています。

そして今回のウィルス禍ではマスクの予約販売や買い占めの防止、医療情報へのアクセス、保険証の電子化による感染リスク削減と効率化、健康コード(健康状態を申告することで発行されるQRコード)による人的移動の管理、など様々な形でこれらの「下地」が存分に活かされました。人々は普段の生活の延長として、これらの施策を進んで受け入れました。

日本ではどうでしょうか。LINEなどはスーパーアプリに近いといえますが、最近ようやくLINE Payを利用する人が増えてきたくらいで、他に便利な機能があってもよくわからない、使わないという人が多いのではないでしょうか。チャットや通話機能だけしか使わないと言う人もまだまだ多そうです。

ネタ的にとはいえ、そもそも「ガラケーからスマホに乗り換えるか否か」という論争が未だにされていることもあります。友達の中国人にこの話題のことを教えると、とても驚いていました。中国の都市部で現役世代がスマートフォンを持たずに生活することなど、考えられないことです。

それだけ日本がITやデジタルに弱い人でも困らない、優しい社会であるとも言えるので難しいところなのですが、こと今回のウィルス禍に関しては日本におけるIT活用は中国の後塵を拝していると言わざるを得ません。接触確認アプリのCOCOAなど日本もできることはやっているとは思うのですが、十分に活用されているとは言えない状況が続いているように思います。

個人に限らず、企業活動や教育においても同じようなことが言えます。ECはもとから日本よりもずっと盛んですし、学校教育の場面でもWeChatが保護者への連絡に使われるなどの風景が当たり前になっています。こうした元からあるリソースをうまく利用して、ライブコマースの活用や教育コンテンツの提供など、コロナウィルス禍での利便性につなげた例はたくさんあります。

この「下地」という視点を通して、普段から新しいITサービスに触れておくことや、その便利さを強くアピールし普及に努めておくことがいかに大事なのかが改めてよくわかります。そのあたりの違いが、災害などの緊急時における企業や人々のフットワークの違いとなって現れてくるという気づきがありました。

正しく中国に学ぶ

版元である星海社の社長・編集者の太田克史さんは、Twitterでこのようなことを述べられています。

ここにあるとおり、中国で行われたような政府の施策や各企業の対応策は日本で実現不可能なものばかりかというと必ずしもそうではなく、技術的には日本でも可能なものも多く含まれます。

政治体制のことや個人情報に関する考え方の違いを抜きにしても、上で述べたような「下地」の違いや、そもそも新しいものや便利なものを取り入れることへの厭いのなさなど、日本が姿勢として中国から学ぶべきことはたくさんあるように思えます。

先ほどの太田さんのツイートはこう続きます。

残念ながら「中国に学ぶ」といった時点で強い心理的抵抗を覚え、反発してしまう日本人は一定数存在します。

かと思えば、「中国はITが発達しててなんかスゴイ」という極めて表面的な理解でなんとなく中国が礼賛されるような場面も、よく見かけるようになりました。

そういった感情論にもとづいた浅薄な理解ではなく、事実として中国で今何が起こっているのかを個別具体的に知り、それを日本がうまく取り入れるにはどうすればいいかということを考えるためのきっかけとして、この本は機能すると思います。ぜひ多くの人に読まれてほしいと願っています。

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