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はじまりのはなし…創世⑫

急に雨が降り出したかと思うと...

彼女は突然今まで聞いた事のない話を始めた…

「神様の模倣なんて虚しいだけです。あなたも、そうは思いませんか?

神様ごっこなんてどうせ…万華鏡の中に幾重にも映し出された自分の虚像とその片割れが…メリーゴウランドの上で、巡り逢う事もなく…張りぼての白馬に鞭打って、互いに後姿を追いかけっこしながら周り続けているだけの…そんな憐れな人間模様を、ただ覗き穴から偉そうに俯瞰しているだけなのですから…

私がしたいのはそんな傍観者の話ではありません…私は私の真実をお伝えしたいのです」

これまで彼女が何度も何度も…繰り返し繰り返し語って来た、はじまりの話の内容は、孤独感に無力感、拘束感に不足感、退屈感に恐怖感、不安感に疑問感…そして、不在感についてです。

これらの満たされない欠如した9つの感覚が、宇宙の原初に存在し、その感覚を埋め合わせたいと言う欲求が、この世界を創り出したという内容だった…

はっきりとは覚えていないが、昔話の研究家のプロップという人の本に…神話や民話、全ての物語の本質的な構造には主人公が生まれ持った先天的な欠如か、もしくは加害による後天的な欠如が存在すると書いてあったような気がする...

彼女の語るはじまりの話は、世界の原初に存在した先天的な欠如についての考察…説明であり、これまでは其処から一歩進んだ話…その欠如に対してどの様にアプローチをして今に至るのか…補填や解消、回復や除去についての話…つまりは小さな光の一粒による天地創造の話については、今まで一切語られる事はなかった。

それが年末のある日…病院の待合室には、まだ小さなツリーが片付けられずに飾られたままの、クリスマスムードが僅か残る…そんな日だった。彼女は蜂蜜を入れた低脂肪のヨーグルトを食べ終えて…抗うつ剤を2錠飲み込み、1時間程前からすやすやと眠りについていた。天気予報では午後から初雪が降ると言っていたのに、夕方になると期待外れの霰混じりの雨が小窓を激しく鳴らし始めた。

その音に触発されたように、彼女が急に発作を起こしたのかと見間違うくらいの、荒々しいラマーズ法の様な呼吸をすると、驚いた僕は慌ててベッドの手摺に掛けられたにナースコールをギュッと握った。
その瞬間に激しい呼吸はパタリと止まり、彼女は口角を少し上げたアルカイックスマイルのような唇で…最後にスーっと一息吐いてから、目を半眼に開き、落ち着いた芯のある声で、これまで聞いていた、はじまりの話の〝続き〟を...〝その先〟を、淡々とした口調でゆっくりと語り出した。

「先に申し上げておかなくてはなりません…真実とは詰まらないものなのでございます。

事実は小説よりも奇なりと申しますが、真実とは小説よりも陳腐なのでございます...余りにも滑稽で、嫌気が差す程凡庸で、至って粗悪なお話なのでございます。
こんな話をあなたが聞いた所で、あなたはきっと笑って、明日には忘れてしまうのでしょう...私はそれでも構いません。
私はお話したいのです。聞き流して頂いて結構です。それでもあなたに打ち明けてしまわなければ、このまま胸の内に閉まっておけば...悪さばかりして仕方ないのです。
あなたが怯える必要はございません。あなたはただ、鎮魂歌を手向けられた死者の様に、相槌一つ打たなくて良いのです」

いつもなら、彼女の話に頷きながら大学ノートにメモを取るだけで、何も言い返す事がなかった。でも、彼女が特別な何かを語ろうとしているこの時だけは、聞き役や記録に徹するのではなく、彼女に宿る得体の知れない何かと、正面から真摯に向き合い対話がしたいと思えた。
いや、もしかすると...年の瀬も近く、何かを終わらせてしまいたいと焦っただけなのかもしれないし、単にこれまで溜め込んでいた疑問を、一気にぶちまけてやろうと息巻いていただけなのかもしれない。
彼女は暫く黙って、小さくクチャクチャと口を鳴らし始めた。そして大きな溜め息をひとつ吐いて、今度は唇をへの字に曲げてから苦々しそうに口を開いた。

「答えなど見つからなかったのでございます。」

「答え?」

「存在に対する答えでございます。」

「見つからなかった?…では、どうしたのですか?」

「諦めたのでございます」

「じゃあ、それで終わりですか?」

「いいえ...始まったのです」

始まった?...彼女の語る光の粒がビッグバン前の宇宙の姿だとしたら、ビッグバンはなぜ起こったのだろうと思っていた。今へと至る百三十八億年の歴史...壮大な物語が、どうやって始まったのだろうと疑問だった。彼女の語るはじまりの話を端っから信じている訳ではない。ただ、それが彼女の妄言だったとしても、幻想だったとしても、仮初めであっても構わないから知りたいと...好奇心が切望している。
そもそも量子物理学などの知識に疎い僕には、ビッグバン自体が真実なのかも分からない...何が真実なのか分からないのであれば、今目の前で起こっている事実を受け止める事しか出来ない。

「諦めと同時にひとつのアイディアが閃いたのです」

「アイディア」

「私は自分で答えに辿り着く事を諦めましたが、私にそっくりな別の存在が居たとして…同じ状況に置かれた場合…答えを見つけ出す可能性があると思ったのです」

「誰かに解答を託したのですか?」

「えぇ…笑ってください…他力本願な私を、どうぞ笑ってやってください」

「でも、あなた以外には何もない世界だったんですよね?…あなたが他者となる存在を作り出したと言う事ですか?」

「その言い方には語弊があります…何かを作る材料すら無いのですから...産み出す...いいえ、分裂したといった方が正しいでしょう」

これまでは、彼女の話をただ聞き役として静かに受け取っていた…しかし、この日だけは彼女と対話しようと…得体の知れない何かと真摯に向き合おうと思った。いや、単に疑問をぶつけてやろうと息巻いただけだったのかもしれない。

「その分裂がビッグバンですか?」

「えぇ、その様な解釈...表現もございます。一つの閃きが、それまでの頑なな緊張を雪崩の様に緩和した瞬間でした。
その分裂によって生まれた分身達をあなた方は銀河と呼んでおります。その銀河達は私にそっくりでありながら、様々な要素に仕分けられ、それぞれが類似点と相違点を併せ持った多種多様な成長を遂げてゆきました。それは、私自身の知らなかった自分の多面性を目の当たりにする結果となりました。しかし、どれだけ多面的であっっても、それらも私と同様に9つの欠如に苦しみ、悩み...結局根本は変わらないのですから、案の定答えを見つけ出す事が出来ずに、彼等もまた分裂したのでございます」

「それが...星ですか?」

「はい、その恒星の中の一つがあなた方も良くご存知の太陽であり、そのまた分身である惑星の一つが、あなた達の住む地球です。そして、その分身である生物の一種が人間であり、その中の一人があなたです。全ては光の粒から同調と超越を繰り返す連鎖によって生まれたのです」

「僕達は...あなたの実験台ですか?」

「あなたは被験者であり、実験者です。あなたも自覚はあるのでしょう?幼子の頃から、あれだけ...お人形遊びに夢中だったのですから」

大学一年生の夏休み、独り暮らしを開始して初めての長期休暇に、僕はアパートの一室に引きこもり、コマ撮りの人形アニメーションを制作した。僕はいじめられっ子だった小学生の頃からずっと、暇さえあれば部屋にこもって、何時間もガンダムのプラモデルや、ゴジラのフィギュアを使って、人形遊びに没頭していた。大学に進学して、その無意味な自己満足な行為を昇華させたいという思いが出たのか、溜め込んでいたお年玉を注ぎ込んで、カメラや編集機器を購入し、一世一代の大仕事に取り掛かった。

人形アニメーションとは、単に人形を使ってコマ撮りすれば良いというものではない。人形そのものの造形やキャラクター、人形達の舞台となるセットや家具、照明や小物...映像に付ける効果音や挿入曲、人形の人生となる物語...全てに自分の意識を反映させる必要がある。

絵画的要素、立体的要素、建築的・空間的要素、音楽的要素に文学的要素...あらゆる要素が統合し、調和しなければ箱庭のような小さな世界でも成り立つ事はない。それはまるで、擬似的な創造主体験の様だった。

しかし、僕は結局いつまでも納得する作品には仕上げられず、作品は今も未完成のまま、放り出したままになっている。あの頃にやり残した夏休みの宿題を未だに引きずっているのか...モヤモヤした消化不良な感覚が、今も頭の片隅に残っている。

彼女にそんな話をした事があっただろうか?

知らない筈の僕の記憶を、話す事が度々あるのはなぜだろう...

はじまりの話は、彼女の幻想ではなく...僕の幻聴なのかも知れない。

続く


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