マサラとラーガの不可思議な関係
土台レシピ12・マサラソース
ラーガとは
インド古典音楽「ラーガ」をご存知ですか?
ラーガは、複雑な旋律や音列からなり、そこに即興も加わって、無限の変奏を可能にする旋法です。神への献身や祈りを表現しているとも言われています。
旋法について
少しややこしい説明になりますが、
音の高さを並べたもの(ピアノの鍵盤など)が「音階」です。料理に例えると「食材」が音階。そして、長調や短調などの音の組み合わせ(食材の組み合わせ)によって「旋律」(料理)が生まれますが、旋法というのはそれを特殊化したものです。どこまでも自由に演奏していいわけではなく、そこにはいくつかのルールがあって(料理で言えば、ある決まった調理法)、そのルールに従って演奏します。枠内の中でいかに自分を表現するか、が鍵となりますが、そういう力学的な働きが旋法です。
ジャス、雅楽、アラブ音楽など、旋法に従う音楽はいろいろありますが、ラーガもそのひとつです。
なぜこのような話をしたかというと、ラーガはインド文化の源流のようなもので、そこで育まれたインド料理もまた、ラーガと同じ’匂い’を感じるからです。違う次元に入ったような…ラーガやインド料理が持つ独特の空気感、不可思議さ、しなやかさ。そこに人は魅了されるのでしょう。
世の中にはたくさんのインド料理本がありますし、Youtubeでもカレーの作り方は観ることができます。けれど、あの奥深い味と香りにするには文章や画像では分からない、裏側を捉える必要がある気がしてならないのです。
作る人の気なのか、波動なのか...そういうものがスパイスと一緒に入るのではないかと。ラーガがドレミファソラシドを超えた先にあるように、インド料理もただ食材とスパイスが合わさるだけではなく、何かの具合で変換みたいなことが起こって、はじめてあの味になるのかもしれません。
何度作っても「インドの味」にはならなかったのに、ある日突然、ラーガのリズムに乗ったかのようにマサラの味が変化したのは、ずいぶんあとのこと。それまでしかめっ面をしていたスパイスの神様が突然、私に微笑んでくれたようでした。
インドは、行くと分かりますけれど、こちらの思い通りにはさせてくれない国です。インドに行って笑うか怒るかは、その人の心ひとつみたいなところがある。インド料理もまた、そんなことが言えるのかなぁと。
カレーとマサラについて
インド料理屋に行くと、メニューに「〇〇カレー」と「〇〇マサラ」があります。この「カレー」と「マサラ」についてですが、
短時間で作る、汁気が少なめの濃厚タイプが「マサラ」
汁気多めで、少し時間をかけて煮込むタイプが「カレー」
と私は認識しています。
料理名をあげると、
カレー:「ダルカレー」「チキンカレー」「フィッシュカレー」「パラクパニール」など。
マサラ:「チャナマサラ」「ティッカマサラ」「アルゴビ」など。
ざっくり分けると、
ということになります。マサラとカレーの境界線は曖昧なところがあり、インド人でも意見が分かれるようですが。
40年ほど前、インドに滞在していたときに、カレーやマサラはあちこちで食べました。
今でも思い出すのは、ベナレスのガンジス川沿いにある屋台で、魚のマサラ(カレー?)を食べたこと(このあとすぐに菜食になったので、これが最後の魚料理だったかも...)。ガンジス川で捕れた魚だと、屋台のお兄ちゃんが言っていたけれど、この料理を食べる直前に、ガンジス川で人の死体が流れているのを目撃したこともあり、複雑な思いでそのマサラを食べましたっけ。びっくりするほどおいしかったけれど。
もうひとつの思い出は、1泊450円の宿に泊ったとき、宿のおばちゃんが作ってくれたマサラ2種とチャパティ(全粒粉のパン)。目が飛び出るほど辛くて、おいしくて、外から聞こえるモスクの祈りの声を聴きながら、涙を流して食べたのを思い出します。
ちなみに、ルーで作るカレーはイギリスのもの。小麦粉でとろみをつけるカレーとインド料理は別物なので、あのイメージが強いとインド料理は分かりにくいかもしれません。
ルーで大人数のカレーを簡単に作るのとは違い、インド料理は2〜3
人分が基本です。
「カレー」という言葉もイギリス人がつけたものです。インドには元々「カレー」という言葉はありませんでした。イギリス統治時代にスパイスで煮込んだシチューのことをイギリス人が「カレー」と呼ぶようになり、それがインド国内でも広まったようです。
土台レシピ・マサラソースを作ろう!
「マサラソース」はマサラ料理のベースです。
スパイス、玉ねぎ、にんにく、生姜、トマト、シシトウ、水で作ります。
ソースに食材(調理済みまたは生)を加えて軽く煮込めばマサラ料理の出来上がり。ヨーグルト、ココナッツミルク、牛乳、生クリームなどを足せば、また違った味わいに。
ガラムマサラとカレー粉の違い
レシピを紹介する前に、まずカレー粉とガラムマサラの違いについて説明しましょう。
カレー粉は粉ミックススパイス。火を入れることで料理に香り、辛味、色を入れるスパイスです。味つけですね。カレー粉はイギリスが発祥。インドでは様々なスパイスをミックスして、自家用マサラを作ります(ややこしいけれど、ミックススパイスもマサラと言います)。
ガラムマサラもミックススパイスですが、その調合はメーカーによって(家庭によって)違います。こちらは香り重視。最後に入れて香りを立たせたり、調理しているときにも使います。
今日はマサラソースで、インド料理屋のメニューにもあるポピュラーな「アルゴビ」を作ります。
アル=じゃがいもと、ゴビ=カリフラワーのマサラです。
1.鉄フライパンに油大さじ3とホールスパイス2種を入れ、火にかける(中火)
スパイスの良い香りが出てきて、クミンが色づき、マスタードシードがパチパチと半分ぐらい跳ねたぐらいのタイミングで次の工程に移る。
*ちゃんと加熱しないと香りが出てこないし、加熱しすぎると焦げて苦くなるので、火加減は注意が必要だ。
スパイスが香ばしくなるまで火を入れることがポイントなのだが、火は弱火ではなく、少し強めにして、ホールスパイスを奮い立たせるような火を入れ方のほうがよいと思う。最初は中火よりやや弱めで火を入れると失敗しない。
2.玉ねぎを入れ、中火で炒める。
*油が少ないと焦げてしまうので、多めの油で玉ねぎを揚げるように炒める。玉ねぎ(中)1/2個で油大さじ3が目安。
3.玉ねぎがきつね色になったら(約10分)、生姜、にんにく、シシトウを加えて炒める(1分前後)。
4.トマトを加えて炒める。(ここまでの工程は中火)
5.トマトが煮崩れて形がなくなってきたらいったん火を止め、ミックススパイスを入れてさっと混ぜ、再び火をつけて、弱火で1分ほど炒める。*スパイスが焦げると苦味が出てしまうので、いったん火を止めてから入れる。
6.水50mlを加えて数分煮込む。マサラソースの出来上がり。
マサラソースが出来上がったら、食材を入れて完成させる。
↓
6.事前に調理しておいた食材を加える。
今回はカリフラワー1/2株とじゃがいも2個。別の鍋でやわらかくなるまで茹で、ザルに上げ、食べやすい大きさにカットしておく。
*食材をカットしてそのままマサラソースと一緒に煮込んでもよいが、こうしたほうが調理時間を短縮できる。また、すでにやわらかくなった野菜を入れると味が入り込みやすい。
*食材は何を入れてもいいが、入れすぎないように。
7.調理済みの野菜を入れたら5分ほど中火で煮る。水分が足りないようだったら水を少量足しながら煮る。
味を見て、塩を足す。
*水は少なめに入れるのがコツ。
*食べる直前にガラムマサラを小1/4ほど入れると香りが立つ。
*クミンシードがないときは、クミンパウダーだけでもOK。
*今回スパイス単品を使いますが、カレー粉(10g前後)を使ってもOK。
私がよく使う食材は
・焼き茄子(または炒めた茄子)
・じゃがいも(茹でる)
・カリフラワー(茹でる)
・キノコ(炒める)
・揚げ豆腐(自分で揚げる。または雷豆腐にする)
・ひよこ豆
インド料理は単純なようで複雑。独特なリズム感があります。個々でその作り方が違うため、料理の中でも個性が出てきやすいかもしれません。
今回ご紹介するマサラは私の作り方ですので、それぞれで「自分のマサラ料理」を見つけてください。
この記事を書きながら、ふと素描料理も旋法に似た要素があるかもしれない、とニヤリ。
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