短編小説 「その好きは本物ですか」


「好きです。付き合ってください」と会社の廊下で四つ後輩のタナベ君に告白された。

顔も仕事の出来も評判がいいタナベ君から告白されるなんて、昨日、三十二歳になった独身彼氏なしの私には願ったり叶ったりの出来事だ。しかし、四つも歳が離れた男と付き合いたくはない。歳下に気を遣われたり、逆に気を遣うなんて嫌だ。歳下と付き合うくらいなら、還暦のジジィと付き合う方がいい。

だがしかし、優良物件の彼を「ごめんなさい」と逃すのはもったいない。若い男に飢えた、ほかの社畜女が彼を狙っている。ほかの社畜女に喰われるくらいなら私が喰う。

「いいよ」と私は答えた。

その夜、タナベ君と私は近くのレストランで食事をすることになった。彼は緊張しているようで、時折私をちらりと見ながら、おどおどとメニューを選んでいた。彼のその姿が、なんとも子供っぽくて、内心で苦笑いしてしまった。

「あ、ここのオススメは…」とタナベ君が一生懸命にレストランの特徴を説明し始めたが、正直彼の話は私にとって退屈そのものだった。彼は仕事ではできるが、話す内容は全くと言っていいほど興味が持てないものばかり。彼の話はどこか浅いと感じ、私は自然と彼を見下すようになっていた。

彼が話すたびに、私は無意識のうちにため息をついていた。歳下の彼との会話に疲れを感じつつも、表面上は笑顔を保ちながら相槌を打っていた。タナベ君は私が笑っていることに調子に乗ったのか、ますます張り切って話を続けた。

「へえ、それで?」と興味がないことを隠しつつも、私は彼の話に耳を傾けた。しかし、彼の話の一つ一つが私には幼稚に思え、なんだか自分がお母さんになったような気分になってきた。

食事が終わりに近づく頃、私はただ早くこの場から逃げ出したいと思うばかりだった。タナベ君はきっと、このデートがうまくいっていると思っているのだろう。だが、私にとってはただの時間の無駄だった。彼を狙っているほかの社畜女たちに、彼を譲ってもいいかもしれないとさえ考え始めていた。

「このあとどうしますか?」とタナベ君はこの先を期待してるかのように聞いてきた。彼と私はこの先なにもない。明日には彼は後輩に戻る。しかし、彼が私以外の社畜女に喰われるのは嫌だ。

「映画でも観よっか」と私は仕方なく提案した。タナベ君は目を輝かせながら「いいですね、どんな映画がいいですか?」と興奮して聞いてきた。彼のその反応に内心で苦笑いするものの、私は平静を装った。

「うーん、家で何か観る?」と私は提案した。私の家で映画を観れば、少なくとも外で退屈するよりはマシだろうと考えたからだ。タナベ君は少し驚いたようだったが、すぐに「いいですね、ありがとうございます!」と快諾した。

私の家に着くと、タナベ君は緊張している様子を見せながらも、明るく振舞っていた。私は彼にソファを勧めると、私はリモコンを手に取り、どの映画を観るか考え始めた。彼が何を話しているのか半分も聞いていなかった。彼の声は背景音のように私の意識の隅で鳴り響いていた。

映画を選ぶふりをしながら、私は彼のことを観察した。タナベ君はまだ若い。私と同じように、彼もいつかは理想のパートナーを見つけ、幸せになるだろう。でも、その人が私である可能性は低い。私は彼を手に入れたいというよりも、ただ彼を誰かに取られたくないという独占欲を感じているだけなのかもしれない。

映画が始まり、部屋は暗くなった。スクリーンに映し出される映像に私たちは黙って見入った。タナベ君は時折、私の顔をちらりと見るが、私は映画に集中するふりを続けた。内心、私は彼とのこの奇妙な時間が早く終わることを願っていた。

映画が終わり、タナベ君は「とても楽しかったです。ありがとうございました」と言いながら帰り支度をした。私は「うん、またね」と冷たく答えた。彼がドアを出ていくと、私は深いため息をついた。彼との時間は終わったが、私の心の中の葛藤はまだ解決していない。彼を本当に望んでいるのか、それともただの寂しさを埋めたいだけなのか。

その答えを見つけるのは、まだ先のことのようだった。




時間を割いてくれて、ありがとうございました。
月へ行きます。

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