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短編小説 「本の読みかた。エルフの場合」


「はぁ~い、僕アルフォ!」

いつもの軽い挨拶をして、アルフォはカフェの扉を押し開けた。中には馴染みの悪魔、ファーシーがひょろ長い尾を椅子の背もたれに巻きつけながら待っていた。尖った角と悪戯っぽい笑みを浮かべた顔が一瞬で場の空気を和ませる。

「おっ、来たなアルフォ!」

「暇で死にそうだよ。何か面白いことない?」アルフォがため息混じりに椅子に腰掛けると、ファーシーは意味深に目を細めた。

「なら、読書でもしてみろよ」

「読書?」アルフォの眉がピクリと動く。

「そうだ」

ファーシーの言葉に誘われるように、アルフォはカフェを抜けて古本屋を訪れた。店内には埃の匂いが漂い、ところ狭しと積まれた本の山々が何かを語りかけてくるようだ。彼は一冊の分厚い本、「国家の取り戻し方」というタイトルに目を留める。これだ、と決めて本を手に取りレジに向かった。

アルフォの自宅は奇妙なインテリアで溢れている。人間の骨盤の形を模したソファに腰を沈め、本を開いた。ページには細かい文字がびっしりと並び、ところどころに図や表が挟まっている。「えーと、何から読むんだ?」アルフォは額に手をやりながら呟いた。

数分も経たないうちに、目の前の文字が踊り始めた。集中力が切れた彼は、本を閉じて大きく伸びをする。再挑戦してみるが、ページをめくるたびに何かが違う気がしてならない。

「こりゃ無理だ」

そう思ったアルフォは、本を抱えて再びカフェのファーシーのもとを訪れた。

「ファーシー、助けてくれ。本を読むのがこんなに難しいなんて思わなかった!」
ファーシーはニヤリと笑い、テーブルに肘をついて言った。
「いいかアルフォ、読書ってのはな、コツがいるんだよ」

「え、そのコツを教えてくれ」アルフォの目が輝く。

ファーシーはふんぞり返りながら、真剣な顔で語り始めた。
「まずな、読書はシャレオツなカフェでするものだ。そして、イケてる本を開いてな、コーヒーを一口すするんだ」

「本は読まないの?」アルフォは首をかしげた。

「読むわけねえだろ!」ファーシーが豪快に笑う。「本ってのは、読むもんじゃない。カフェで本を開いてる姿を周りに見せる、それが大事なんだ。周りが勝手に『あいつ、知的だな』って思うんだぜ。これが読書の極意よ!」

「でも、それってただのフリじゃないか」

「そうだとも!でもな、俺はこれで『インテリファーシー』って呼ばれてるんだぜ?」

アルフォは半信半疑だったが、ファーシーの熱弁に押され、その教えを試してみることにした。

翌日、カフェの一角。

アルフォは古本屋で買った本を開き、ファーシーの言う通りにカップのコーヒーをゆっくりと口に運んだ。本の中身は一切頭に入ってこないが、それでも「知的エルフ」を演じるのは案外悪くない気がしてきた。

そんな彼に、声をかけてくる者がいた。

「その本、面白い?」

顔を上げると、そこには涙袋と唇がプクっと膨れたエルフの女が立っていた。彼女は優雅に微笑み、手に持っていたカップをテーブルに置いた。

「あ、まあ、面白いよ。ちょっと哲学的だけどね」アルフォはチラッと本のタイトルを見返す。

彼女はクスクスと笑いながら言った。
「読書って好きよ」

その一言で、アルフォは全てを理解した。ファーシーの言葉が、実に的を射ていたことを。

「読書って、意外といいかもな」とアルフォはつぶやきながら、読書をするフリをし続けた。




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