短編小説 「君と登る、私の世界」
最近、クラスメイトのタイキがちょっと変なんだよね。普段はサッカーの試合や最新のスパイクについて興奮して話しているのに、突然「登山って面白いの?」って質問してきた。私が週末はよく山に登ってるのは周知の事実だけど、タイキとはこれまで違う世界の趣味だったから、何があったのかなと首を傾げた。
考えた末、タイキにも山の素晴らしさを少しでも感じてもらえたらいいなと思い、初心者でも手軽に楽しめる岐阜の納古山に誘うことにした。この山は標高が632メートルで、私が普段登ってる750〜1000メートル級の山に比べると少し物足りないかもしれないけど、タイキにはちょうどいい挑戦になるだろう。
当日、上麻生駅で待ち合わせ。夏の朝日が駅のホームを明るく照らしていて、鳥たちも賑やかにさえずり始めていた。タイキはちょっと緊張してる様子。私は登山リュックをしっかり背負っているけれど、彼は普段学校で使っているリュックサック。でも、そのリュックの中には水分やおにぎり、念のための救急セットもちゃんと入っている。表面上は準備が違っても、心の中で感じるワクワク感はきっと同じなんだろうね。
「じゃあ、リュックの紐しっかり締めて。最初の坂はちょっと急だからね」登山口の看板を過ぎ、緑豊かな山道に足を踏み入れた瞬間、周囲の風景が一変した。街から完全に遮断され、自然だけが広がっている。
「大丈夫、タイキ。この山は初心者でも登れるから」と励まして、スタート。初めのうちは、タイキも元気に歩いていた。でも、程なくして息が荒くなってきた。
「ちょっと休憩しようか」美しい山の中の景色をバックに、水を飲みながら一息ついた。そして、けもの道のような、すぅ〜と、のびる道を指しながら「まだまだこの道を登っていくよ。頑張ろう」と言った。
「ふぅ、わかった。でも、こんなに疲れるとは思わなかったよ」タイキがふっと笑った。その笑顔に、なんだか少し勇気づけられた。
再び出発すると、次第に樹木が高くなり、道も岩場が多くなってきた。タイキは何度もつまずいたが、その度に「大丈夫、こっちをつかまって」と手を差し伸べた。
タイキは何度も息を切らし、「もうダメだ…」と膝に手をつきながら呟いた。彼の顔に書かれていたのは明らかな疲れと挫折感。でも、その表情を見て「彼を助けなきゃ」そこで、「大丈夫、休憩しながら登ればいいんだよ」と言って、彼の手を取り、指で握り返すように促した。
「じゃあ、次の休憩所まで行こうか」と言いながら、彼のペースに合わせて歩き始めた。道は次第に狭くなり、所々にある岩をよじ登るような場所も出てきた。でも、タイキは意外としっかりと足場を見つけ、一歩一歩確実に登っていった。そうこうしているうちに、また新しい展望が広がるポイントに辿り着いた。
「ほら、もうちょっとだよ。あれが頂上だ」と山頂を指さした。タイキの目が輝いて、もう一息というところまで来たんだと励ました。
そして、ついに頂上に立った瞬間、その全てが報われたような感じがした。遠くの山々が美しく広がり、風が私たちの顔に吹き付け、吸い込む空気も何だか新鮮に感じた。
山頂に立った瞬間のことは忘れられない。
「やったね、ユイ!」タイキが顔を晴れやかにして叫んだ。その瞬間、何かがドクンしたような感じがして、2人で共有した時間が、ただの山登り以上の何かに変わった気がした。
まだその「何か」は具体的にはわからない。でも、これから先、新しい山に挑むたびに、それが何であるかが少しずつ明らかになっていくんだろうと感じた。
そして、その「何か」を見つけたとき、私たちの登山は、確実にもっと楽しく、もっと意味深いものになるに違いない。
時間を割いてくれて、ありがとうございました。
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