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短編小説 「ジョロウ」


朝露に濡れた草の上で、僕は静かに息を潜めていた。夜明け前の森は薄暗く、霧が立ち込めている。風がそよぐたびに、蜘蛛の糸が微かに揺れ、朝陽の光を受けてキラキラと輝く。

僕の名前はジョウ。ジョロウグモのオスだ。小さな体で広い世界を旅している。目的はただ一つ、運命のメスに出会い、子孫を残すこと。葉から葉へと慎重に移動しながら、僕は自分の小ささを痛感していた。周りの草木や虫たちが巨大に見える。この体格差は、僕たちオスの宿命だ。メスたちは僕たちの何倍もの大きさを持ち、その存在感は圧倒的だ。

 「僕なんかが相手にされるのだろうか」

不安が胸をよぎる。それでも、心の奥底から湧き上がる想いが、僕を前へと進ませる。ある日、風に乗って甘い香りが漂ってきた。その匂いに誘われるように、僕は大きな巣へと辿り着いた。金色に輝く三重糸が張り巡らされた美しい巣だ。巣の中心には、見上げるほど大きなメスが佇んでいた。彼女の名はカレン。その体は太陽の光を受けて虹色に輝き、その姿はまるで宝石のようだった。

 「なんて美しいんだ……」

僕は胸が高鳴るのを感じた。しかし、同時に自分の小ささが恥ずかしくなった。彼女の足一本にも満たないこの体で、彼女に近づいてもいいのだろうか。勇気を振り絞って、僕は巣の端に足を踏み入れた。糸が微かに振動し、カレンがゆっくりとこちらを向いた。

 「誰かしら?」

彼女の声は低く、しかしどこか優しさが感じられた。

 「ぼ、僕はジョウ。あなたに会いに来ました」

震える声で答えると、カレンは大きな目でじっと僕を見つめた。

 「小さいオスね。でも、よくここまで来たわ」

その言葉に、僕の心は少しだけ軽くなった。

 「あなたの美しさに惹かれて……ぜひ、お近づきになりたいと思って」

微笑んだように見えた。

 「そう。じゃあ、こちらへいらっしゃい」

彼女の誘いに応じて、僕は慎重に巣の中心へと進んだ。足元の糸がきしむ音がやけに大きく感じる。

 「怖がらなくていいわ。私はあなたを歓迎するわ」

その言葉に安心し、僕は彼女のそばまで近づいた。心臓が激しく鼓動している。

 「あなたのような勇敢なオスは久しぶりね」

カレンの言葉に顔が熱くなる。

 「ありがとうございます。あなたに会えて、本当に嬉しいです」

その瞬間、彼女の大きな足が僕を包み込んだ。柔らかく、しかし確かな力で。

 「これで、私たちは一つになれるわね」

彼女の声が耳元で響く。僕は幸福感に満たされた。

 「はい。これが僕の願いでした」

しかし、その幸福は長くは続かなかった。突然、彼女の目が鋭く光り、強い力で僕を引き寄せた。

 「ごめんなさい。でも、これは自然の摂理なの」

彼女の口元が近づき、僕は悟った。

 「ああ、そういうことか……」

逃げる間もなく、彼女の牙が僕の体に食い込んだ。痛みは一瞬だった。体から力が抜けていく。

 「あなたの命は私と子供たちに受け継がれるわ」

遠のく意識の中で、彼女の声が微かに聞こえた。

 「子孫を……頼むよ……」

最後の力を振り絞って言葉を紡ぎ、僕の視界は闇に包まれた。朝陽が昇り、カレンの巣は新たな命を育む準備を始めていた。僕の一生は短かったけれど、彼女と出会えたことに悔いはない。





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