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短編小説 「ナ・メロウ」


ぼくは、ナ・メロウ。千葉の海で獲れるお魚たちを、ねぎや大葉、しょうが、そしてお味噌と一緒に、まな板の上でたたかれた「なめろう」っていう郷土料理なんだ。名前だけ聞くと、なんだか可愛いようでいて、ちょっと気味悪いようでもあるでしょ?

でもね、実際は居酒屋の定番メニューとして、海のおやじさんたちに愛されてるんだから。とくにビールや焼酎が好きなお客さんには「いやあ、ここのなめろう最高だよ」「これがないと始まらねえな」なんて、よく言われるんだよ。褒められるたび、包丁で叩かれた身がムズムズするような気がして嬉しくなる。

昨日の夜、ぼくはおやじさん(常連客)に注文されて、まな板の上でとんとん、包丁で叩かれながら作られたんだ。アジとイワシの切り身に、ねぎや大葉、しょうが、それからお味噌を一緒に混ぜ混ぜして、まな板の上でぽんぽんと叩く。その都度「いたた、でも美味しくなれそう……」なんて思う。

ほんのり味噌が香るし、ネギのシャキシャキ感も残るしで、自分で言うのも変だけど完成するとたまらない風味なの。皿に盛られてテーブルに出されると、おやじさんが嬉しそうにビールをぐいっと飲み、ぼくを箸でちょんちょんとつつく。そしたらもう、笑顔で「んー、これがいいんだよ。千葉県民に生まれてよかったー!」なんて言うものだから、ぼくも誇らしい気持ちになるんだ。

ところが、それを横から見ていた隣の客さんが、ナカヨシちゃん(子ども)を連れてたみたいで、「お酒のつまみだからやめよう」と遠慮していた。ナカヨシちゃんは「わたし、お魚は好きだけど、それ……へん……」と首をかしげていた。

もう、見た目だけで判断されるのは悲しいけれど、ぼく自身もそうするしかないかもしれない。仕方ないよねえ。ちょっとねとっとしてるし色も地味だから。でもさ、それって偏見だよ? と言いたい気持ちはある。でも「なめろう」として生まれた宿命か、みんなの中では「酒のつまみ」の印象が強いみたい。

そこで、ぼくは考える。どうにかして、お酒を飲まない人や子どもたちにも受け入れてもらえないかなあ……って。ぼくはただの料理だから、どうしようもできないけどね。

でも、その思いがあったせいなのか、最近店主の様子がちょっと違う。まな板の上にじっくりと材料を並べて「んん……どうしたもんかなあ」と首をかしげている。その顔が妙に真剣だから、ぼくは期待してしまう。もしかして、ぼくを改造してくれるんじゃ……?なんて思っちゃうんだ。

店主はぼくを(というかぼくと同じ材料のなめろう)じーっと見つめたあと、嬉しそうにニヤッと笑った。パックから取り出した魚の身を再び叩き、同じように薬味を混ぜ込む。そこまでの工程はいつもと一緒。でも次に店主は、ボウルにそれを放り込み、さらに少しだけパン粉や卵みたいなものを加えてこねはじめた。「こ、これは……?」ぼくはドキドキしながら見守る。まるでハンバーグを作るように、手のひらでペタペタ形を整えているのだ。すると、店主は熱した鉄板の上にそれを乗せた。ジューッという音が響き、油のはぜる香りが鼻をくすぐる(ぼくは鼻がないけれど、そんな気がする)。魚と味噌の香ばしい匂いが空気中に広がり、思わず「これ絶対美味しいやつじゃない?」とテンションが上がる。

焼き上がったそれは、ハンバーグみたいな見た目をしているけれど、中身はぼくの仲間であるなめろう。そしてそれは「さんが焼き」って呼ばれる郷土料理になったんだ。店主はそれを皿に盛り、ちょっとした付け合わせの野菜なんかを添えたりして、見た目が華やかになった。そこにはいつもの 「ねちょっ」としたイメージはなく、こんがりこんがりした焦げ目が食欲をそそる姿で待っている。仕上げにレモンをキュッと絞って完成らしい。

出来上がった「さんが焼き」は、子どもたちやお酒を飲まない人でも「これなら食べやすそう! 美味しそう!」と思えるような見た目と香りを手に入れたんだ。なめろうじゃなくて、焼いてあるから生っぽさがなくて安心だし、魚が苦手な人でも興味を示すかもしれない。実際店主がまかないで作ったこのさんが焼きを食べてみて、「あ、これ美味しいねえ」と笑顔を浮かべている。

こうしてぼくは、新たな形に生まれ変わった。お酒のつまみだけでなく、ご飯のおかずとしても、子どもたちが好きなハンバーグっぽい料理としても受け入れられそうな雰囲気になった。ちょっぴり嬉しい。もしかしたらこれから、いろんなお客さんに食べてもらえるかもしれない。酒飲みのおやじたちだけじゃなくて、家族連れも、旅行でこの店に立ち寄った観光客も、「わあ美味しそう」って言ってくれるかもしれないなんて、わくわくする。

そんなふうに新しい姿を得たぼくは、テーブルの上で優しい湯気を立ち上らせながら、誰かに食べられるのを待っている。ちょっと(というか大きく)運命が変わった瞬間に、ぼくは身を震わす。そう、焼かれてもなお、ぼくは美味しく、そして皆に親しまれて生き続けるんだ。ハンバーグみたいな形に変身して、子どもたちも笑顔になってくれたら、最高だよね。

酒のつまみでありながら、家族みんなが笑顔になれる料理になるという新たな道を、これからも歩んでいく。よろしくね。



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テヘペロ。

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