短編小説 「ドワーフの民主主義と人権」
広葉樹の森を抜けるとぬかるんでいた足元から、固い土に変わり、その先には石畳が引かれていた。石畳を踏みしめながら歩いていくとアーチ形の石門が現れ、アーチに沿って「ドワーフ街」と彫られている。
石門をくぐって街の中を歩いた。すぐ目に入ったのは古今東西の刃物や金物を飾り、看板にエルフの骸骨をあしらった鍛冶屋だ。その鍛冶屋を通り過ぎるとまた同じような鍛冶屋が数軒現れた。ただどの鍛冶屋も閉まっていて、まだドワーフとすれ違ってもいない。鍛冶屋の雰囲気や足元の様子からしても廃れた街とは思えない。というか未だ鍛冶屋しかない。食べ物や衣類、そのほかの生活に関わる物を扱う店が一切見当たらない。ここは鍛冶屋通りなのだろう。
通りを歩いていると騒がしい声が聞こえはじめた。そうか祭りでもしていたのか。徐々にその騒がしさに近づいている。通りを抜けると噴水が見え、そしてようやくドワーフに出会えた。たどり着いたのは中央広場のようだ。円状の広場を中心に四方八方に通りの入り口がある。すこし目線を上げると入り口に掲げられた看板に「南」と書かれていた。
さて次はこの騒ぎの正体を知りたい。西側にドワーフの群衆が集まっている。その方へ足を向けると、こちらに気がついたドワーフが物珍しそうなものを見るかのような視線を向けてきた。視線をこちらに向けながらヒソヒソと話し込みはじめる白髪のドワーフ。エルフがそんなに珍しいかい。
群衆をかき分けて前へ進むと、酒瓶の木箱をお立ち台にした、いかつい顔の赤毛のドワーフが演説をしていた。どうやら選挙についてのことのようだ。話していた内容はこうだ。
「我々が欲しいのは与えられた民主主義でもなく人権でもない。勝ち取った民主主義、血を流して手に入れた人権なのだ」群衆は一斉にその言葉に同調して「そうだ」と叫んだ。赤毛のドワーフ続けた。
「この与えられた民主主義、人権を民主主義、人権と言うのなら、それは、奴隷がご主人様から衣服や住む場所とすこしばかし自由な時間を与えられて『俺は自由だ』と言っているのと変わらないのだ」
「勝ち取ってこそ民主主義だ。血を流してこそ人権だ。保ち守り抜いてこそ自由だ」
「我々の曾祖父曾祖母たちは、今生きている我々ドワーフのためにエルフと戦い、そして敗れた。結果、エルフ国の言いなりで憲法をつくり、いまの今までそれに従ってきた。祖父祖母、父母はそれを変えようとも、自分たちで一からつくろうともしなかった」
「そして今日まで我々の子供たち国を守るための軍すら存在しない。祖父祖母、父母が残したのは、祖国のことを思わず、他国の半島民族と大陸民族の顔色ばかり伺う政治家だ。我々国民を見向きもしない。我が国は成長もせず停滞したままだ」
「そして今や移民を受け入れようともしている。国民が冷飯を食っているというのに。そんなのはいかん。憲法を我々で新たにつくり、軍を明記し、そして我が国を豊かに強くするのだ」
赤毛のドワーフがこちらをチラッと見たが構わずさらに続けた。
「エルフ国の国民が我が国の惨状を見て、とある言葉を残した『ドワーフには民主主義は二百年早かった』。私はその言葉を聞いて言い返したかった。しかし、できなかった。その通りだったからだ。我々は民主主義も人権も知らないのだ。憲法をつくりなおし、民主主義と人権をこの手に持とうではないか」
「我々が欲しいのは移民でも反ドワーフでもない。豊かで強い国、そして真の民主主義と人権なのだ。どうか、この私にドワーフ保守党に一票を入れてくれないだろうか」
演説が終わると広場は賛同の声に溢れ、それはしばらく続いた。赤毛のドワーフは賛同者と握手しながら、「我が国を豊かに強く」と口にしていた。せっかくだから握手でもしようと近づくとドワーフが気がついて、こちらに近づいて来てくれた。ドワーフとはいえ、エルフと比べると倍くらい大きい。
「おぉエルフか。私はドワーフのハンドレッドだ。よろしく」とハンドレッドは手を差し伸べてくれた。その手を握ると優しく両手で握手をしてくれた。
「エルフが我が国にやってくるとは、首切り刀でも買いに来たのか。それなら『マゴロク』という鍛冶屋がおすすめだ。トンガリ耳の骸骨が目印だ。北の通りだよ」と冗談と嫌味を含めた言葉をかけてくれた。きっとそれはさっきの店だな。
「いえ、私は旅の途中です。それにわたしの国では、もうすでに刃物は使っていませんから」と返しておいた。
ハンドレッドは「こりゃ一本取られましたな。ではまたその時に」と言い残した、その瞬間全身に鳥肌がたった。大笑いしながら去っていくハンドレッド。その背中が見えなくなっても鳥肌は治らず、五分いや十分は続いていた。
『その時』はなにを指しているのだろうか。
旅を中断してこの事を国に報告するべきか否か。
我々エルフ国は完全完璧にドワーフ国を統治するべきだったと悔やむことはこの先ないだろうか。
祖先が血を流して手に入れた民主主義と人権はこの先安泰なのだろうか。
いや考えても仕方がない。旅を中断しよう。政権が変わる前に手を打つべきだ。ハンドレッドが政権を取れば必ず仕掛けるに違いない。戦争はごめんだ。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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