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短編小説 「ゴミまる」
朝のうちに開門した遊園地は、すでにポップコーンや色とりどりの風船を手にするお客さんで賑わっていた。お城のそばには大きな噴水があり、その周囲を飾る花壇が春の陽射しに優しく輝いている。水しぶきがキラキラと舞う中、子どもたちは笑い声を響かせ、大人たちは写真を撮り合い、まるで絵本の一ページのような光景を作り出していた。
お昼が近づくにつれ、園内に設置されたゴミ箱の暗く狭い中には紙コップや食べ終えたお菓子の袋などが次第に溜まりはじめた。ポップコーンの紙容器はバターの香りやキャラメルの香りをまとい、ドリンクカップは甘いソーダの残り香を漂わせ、ホットドッグの包み紙がひっそりと丸まっている。
そんなゴミの中でも、ひときわ目立っていないのが、小さく潰れた紙トレー。人気のフライドポテトが盛られていたが、今では油が少し染み込んでいるだけの、なんの変哲もないゴミになってしまっている。その紙トレーが、心のどこかで願うように思っていた。
「僕も遊園地のキャラクターみたいに、みんなに愛されたいなあ」
ふわりと風が吹き、ゴミ箱の扉の隙間から入り込んだ風がドリンクカップの身を揺らした。コーンスープの空き容器やハンバーガーの包装紙などのゴミ達が、ぎゅうぎゅうのゴミ箱内でこそこそ会話を交わす。「そんなの無理に決まってるよ、ボクたちはゴミなんだし」「でも、ちょっとだけ外に出てみたいなあ」そう囁くと、紙トレーは気持ちを大きく奮い立たせた。
ペットボトルのラベルや、アイスクリームの紙カップ、折れたストローなどが次々と絡み合って、コロコロとした球体にまとまっていく。やわらかいもの、固いもの、色とりどりの紙やプラスチックがくっついて、サッカーボールくらいの大きさになった。
紙トレーを中心に、いろんなゴミがぺたぺたと合わさって形成された、ふわふわボールのような不思議な生命体。ゴミ箱の内側で小さく身を揺らし、「ボク、ゴミまる!」とささやくように声を上げた。
ゴミまるがはしゃげる時間はあまりない。清掃員が巡回してきて、溢れそうなゴミを回収しようとする気配が近づく。足音が迫るなか、ゴミまるは「あわわ!」と小さく悲鳴を上げた。
その時、ゴミ箱の口が大きく開いた。ゴミまるは一か八かそこから飛び越えた。目の前の視界がパッと明るくなった。なんとか地面に着地すると、ぺたりと転がり、すぐさま近くの茂みに隠れた。
ゴミまるは少し息を整えてから、ゆっくりと遊園地の通路を覗き込んだ。カップルや家族連れが行き交い、笑い声が至るところで弾けている。ワッフルやチュロス、ポップコーンカートが甘い香りを漂わせ、子供は色とりどりの風船を持って楽しそうに歩いていた。
「ボクも、みんなに見てもらいたいんだ」
ゴミまるは茂みから飛び出し、近くの広場で小さくダンスをしてみせた。体のいろんな部分がカサコソと音を立てるけれど、楽しげなリズムを刻むつもりで、ふんわり回ったり転がったりしてみる。ところが、歩いていた男の足に蹴られて、ゴミまるは「ふぎゃ!」と叫びながら遠くまで飛んでいってしまった。
風を切る音と視界のブレが収まると、ゴミまるが着地した場所は、小さい子供向けの広場の隅だった。可愛い動物のオブジェやかわいいアトラクションが並び、ふわふわドームやミニジェットコースターに乗る子供たちの笑い声でいっぱいになっている。ゴミまるは体を起こしてキョロキョロと周囲を見回した。
すると、一人の少女が「あれ、なに?」と不思議そうに近づいてきた。幼い手を伸ばしてゴミまるを指先でつつくと、ゴミまるは身をよじった。少女は笑みを浮かべ、「かわいい」と小さくつぶやいた。
ゴミまるは少女に向けてぴょんぴょんと跳ねた。周りにいた他の子どもたちも興味を示し始め、「あれなーに?」と集まってくる。ゴミまるがダンスをすると、子どもたちは手を叩いて喜んだ。「ゴミだ!ゴミだ!」と口々に呼んでくれる。
ゴミまるは広場の隅で、ゴミまるは子どもたちと一緒に笑いながら、ダンスを披露する。紙やプラスチックが擦れる音も、今はほのぼのとしたBGMのように奏でている。
少女は「ゴミまる、また遊ぼうね」と手を振り、アトラクションへと駆けていく。ゴミまるは転がりながらその背中を見送った。
空には綿菓子みたいな白い雲がぷかぷか漂い、軽やかな風が遊園地全体を包み込んでいる。ゴミまるはふわふわと舞う気持ちのまま、自分の身を少し揺らしてみた。
遊園地のスピーカーから流れるメロディが、夕方の茜色の空気に溶け込んでいく。ゴミまるはそれを耳にしながら、そっと、ほんの少しだけ、ダンスし始めたのだった。
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テヘペロ。