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短編小説 「酔ってみよう!!」


仕事を終えてアパートに帰ってくると、まず冷蔵庫のドアを勢いよく開ける。暗い部屋のスイッチをつけるより先に、白い冷気が視界に広がる瞬間がたまらなく好きなんだ。さあ、今夜もお待ちかねのストロングゼロ・ダブルレモン。これがないと一日が終わった気がしない。いや、正確に言えば、これを飲み干して初めて、「今日が始まる」のかもしれない。  

「酒は酔うためにあるんじゃ」  

そうつぶやきながら、ハキハキと勢いよくプルタブを引く。ぷしゅっと炭酸の抜ける音が、ワンルームの狭い空間によく響く。時計を見ると夜の九時。外はもう真っ暗で、窓の外には街灯がぽつぽつ光っている。でも、そんな景色よりも、いまはこのキンキンに冷えたストロングゼロが大事だ。一本目の缶を、水を飲むかのようにがぶがぶと流し込む。レモンの酸っぱさが舌にピリリと刺激を与えてくれて、仕事で疲れきった体が震えてくる。

そうだ、冷蔵庫にはまだ三本ある。普段なら翌日のことも考えてもう少しセーブするところだけど、「酒は酔うためにある」だから、今夜も遠慮なく次の一本に手を伸ばすのだ。プシュッと音がした瞬間、私のテンションは急急急上昇。はやくも一缶目の空き缶が床に転がっているが、見ないふりをしてしまおう。どうせ明日の朝、もっとたくさんの空き缶に囲まれていることはわかっているし、酒を飲んでいるあいだにそんなことを気にするのは野暮ってものだ。

いい感じに酒がまわりはじめたころ、スマホの通知がぴこぴこと騒がしくなる。SNSのタイムラインを眺めると、友だちがラーメンの写真を上げていたり、スニーカーを自慢していたりする。そんな投稿を見ていると、むしょうに絡みたくなるのが私の悪い癖だ。

「いいね、じゃ足りない。コメントしちゃえ」  

わけもなく「いいなー大好き!」なんて書いてしまう。すると、相手から「どうしたの? 大丈夫?」なんて返ってきて、吹き出す。そりゃあ驚くよね。普段、こんなテンションじゃないから。だけど、酔っているときの私は、妙に世界が広がって見えるから仕方ない。

記憶をたどれば、以前酔った勢いでAmazonを漁り、『木製のよくわからない置物』を購入していたことがある。届いた荷物を開けてみると、妙にリアルな卑猥物の彫刻が出てきて、大きさも中途半端で、正直使い道がまったく思い浮かばなかった。あれを見た同僚には「ご利益でもあるの?」なんて言われたけど、全然わからない。酒を片手に、無駄遣いはやめようと毎回反省するものの、また懲りずにどこかでポチッとしてしまうのだ。酒の魔力、恐るべし。

そういえば、今夜はまだAmazonを覗いていない。もう少し飲んだら、なんだか懲りない物欲が刺激されそうだ。だけど、とりあえずは三本目のストロングゼロを開けるのが先だろう。プルタブを上げるたび、生活感の薄いワンルームの空気がぱっと弾ける気がする。テレビもつけず、ベッドの上でただただ炭酸の音を楽しむ。私にとっては贅沢な時間だ。

「酒は酔うためにある」まったくその通りだと思う。

ところで、冷蔵庫の中にはまだあるじゃないか。四本目のストロングゼロ・ダブルレモンが私を呼んでいる。いつの間にか、右手に三本目、左手に四本目を同時に持っている自分に気づく。そうして、掛け声のように「ストロングチェーン・ダブルレモン!」と叫ぶ!

右手の缶をぐい、左手の缶をぐい。頭の中がしゅわしゅわして、何が何だかわからなくなる。でも、それがいいんだ。わけもなくにやけた表情で、孤独なはずのワンルームを満喫している。床に空き缶がすでにニ本放置されている。この部屋は一体明日の朝どうなってしまうんだろう。だがしかし、そんな先のことを考える余裕はない。酔っぱらったときは今が最高ならそれでいい。細かいことは明日の自分に任せてしまおう。

ちょうどそのとき、スマホが震える。恐る恐る画面を見やると、SNSのコメントに返信してくれている人がいた。いつもは挨拶程度しか交わさないフォロワーさんだ。ああ、どうしよう。何か恥ずかしいコメントを書いてしまったんだろうか。でも、すでに脳内はアルコールまみれで警戒心というものはどこかへ吹き飛んでいる。  

「酔ってるだけです! 大好きじゃ!」  

自分でもいったい何に「大好き」を伝えているのかわからない。でもまあ、「好き」って悪意よりはずっとマシだと思いたい。SNSを閉じて、部屋の中を見回す。きっと明日は絶望に嘆きつつ、床に散らばった空き缶やスマホの履歴を見て大声をあげるのだろう。それでもやめられないのが、夜の習慣なんだ。酔っちゃうのは仕方ないよね。現実逃避といえばそうかもしれないけれど、こうして羽を伸ばす時間があるからこそ、明日も仕事に行けるってものだ。

ところで、四本目のストロングゼロの底が見えてきた。もう飲み終わりか。おかげで頭の中がくるくる回ってきたけど、あと少しだけ飲みたい気分。ダンボールを開けてもう一本――だがしかし、もし明日の自分を少しでもいたわるなら、この辺でやめておくのがいいのかもしれない。底に残ったストロングゼロを一気飲みし、口をぬぐう。  

「ごちそうさま。酔うためにあるんだ、酒は」  

そうつぶやいて、寝そべったまま枕元のスマホを手にする。SNSの投稿画面が開かれたまま。フォロワーに向けて、いや、誰か特定の相手かもしれないけど、まだまだ書き込む。  

「大好きじゃ……!!」  

誰が相手かなんて、もうどうでもいい。気づけば笑いがこぼれ、ゆるい幸福感が全身を包む。さあ、眠気がやってきたし、このままぐっすり朝まで寝ようじゃないか。

明日の朝に悲鳴を上げるとしても、今夜はとことん酔ってみよう。  




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テヘペロ。

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